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「はい、どうぞ!」
差し出されたカップから漂う、コーヒーのいい香り。
「……ありがとう」
両手でカップを包み込むと、その温もりが伝わってくる。
「!美味しい……」
普段は安いインスタントしか飲まないのだが……まるで別の飲み物だ。
「気に入ってもらえて何よりだよ!」
屈託のない笑顔を向けられると、何とも言えない気分になる。彼はストーカーで、自分は今監禁されているはずなのだが。
「……絵だけで私のことを?」
愛している、と言っていたが。
「まさか。最初はただ、君が絵を描いているところを見たくて……それで、ちょっとカメラをつけさせてもらったんだ。でも、……血塗れの手で刃物を描く君をずっと見ていたら……いつのまにか好きになってた」
私と揃いのカップに注がれたコーヒーの水面に、彼は何を見ているのだろうか。
「もし君がそれで自分を傷つけるのを辞められるなら……もう君の絵が見られなくなってもいい。そのかわりに君の笑顔が見られるならなおいいけど、ね」
……向けられる優しい眼差しには、それなりの説得力はあったけれど。
「……無理だよ……」
手首に刻まれた無数の傷痕に目を落とす。自分が刃物の絵を描く深層心理まではわからないが、『コレ』が必要無くなる日が来るとはどうしても思えなかった。
「たしかに君一人なら無理かもしれない。……でも、僕がいる。誰よりも……君自身よりも、君のことを愛している人間が、ここに。……だから、きっと大丈夫だよ」
……一体どこからその自信が湧いてくるのだろうか。
「言ってて恥ずかしくないの、それ……」
「何で?……僕は本気だよ。君のためなら何でもできる」
目がすわっているような気がするのは、多分気のせいではないのだろう。
「それはたとえば誘拐とか、監禁とか?」
「必要なら」
間髪入れずに答えられる。……頭が痛い。
「私がここから出たいって言ったら?」
「……君が、自分を傷つけるのをやめられるようになったら、ね。そのときは一緒に映画を観たり、ショッピングをしたりしようか?」
喉が見えない何かに塞がれたようで、息ができない。目眩がする……
「……ここから出して」
「苦しそうだね……処方されていた薬を飲もうか?少しは楽になるはずだよ」
視界が霞む。手が震える。血、血、……私の、血……
「神無月さん!?」
彼の慌てた声を片隅にとらえながら、私の意識は闇に落ちていった。
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