モノクロの温度

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「……気がついた?」 白い天井。視線を動かすと、心配そうな顔で私を覗き込む… 「千石、さん……だっけ、名前」 「うん。遼馬でいいよ。……それより、具合はどう?」 良いわけがない。 「……しい。何か、切るもの……」 「駄目。……処方されてた安定剤を持ってくるよ」 伸ばした手は何も捉えられずに宙を泳いで。 「はい、これ。ちゃんと水もしっかり飲んでね?」 半ば無理矢理抱き起こされる。……もう放っておいてほしいが、言ってもどうせ聞きはしないのだろう。震える手で受け取った安定剤を無理矢理流し込むと、そのまま彼に身を預ける。 「……何か面白い話して」 すごい無茶振りだなぁ、と呆れたように言う遼馬。 「……じゃあ、せっかくだから僕の話でもしようか?」 面白いかどうかはわからないけど、と前置きしてから、彼は語りだした。 「僕の両親は医者だった。当然、僕も医者を目指すものだと両親は思っていたみたいだ。……でも、僕はとにかく絵が好きでね」 よくある話だよ、と彼は笑った。 「両親とはそれでよく揉めたよ。両親とも無駄にプライドが高くてね……それで、藝大に受かれば行かせてくれる、ってところで妥協してくれたんだけど。……残念ながら僕には、そこまでの実力はなくてね。結局、両親の夢だった医者にも、自分の夢だった絵描きにもなれずに……今はいわゆる投資家ってやつをやってる。ま、人生いろいろ、って奴だよ」 ……安定剤がもたらす重い眠りに揺蕩いながら、ぼんやりと聞き返す。 「何でそんな人が私の絵を好きになったの?」 自分の絵は、特別上手いということもないはずなのだが。 「僕も、それがどうしても知りたかった。だからちょっと覗かせてもらったんだけど……君をみて、理由が解ったよ。君が描く絵は、君が望む(モチーフ)の姿を克明に写し取っていた。それが、僕の心を掴んで離さなかったものの正体だったんだ」 立派な犯罪を『ちょっと覗かせてもらった』で済ませるのもどうかとは思うが…… 「遼馬、も、切りたいの?」 微睡みの波に沈みかけながらも、問いかける。彼もまた、自分を罰してくれる何かを求めていたのだろうか。 「物理的に切りたいと思ったことはないけど、君の絵に惹かれるくらいだから無意識下での願望はあるのかもしれないね。……さ、お喋りはこの辺にしておこうか?」 遼馬の手のひらが優しく瞼を覆う。……生まれた薄い闇が私の意識を覆いつくすまで、そう長くはかからなかった。
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