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「おまたせ!」
隣室から姿を現した遼馬の手にした皿に乗っていたのは、ご丁寧にウサギにされたりんごだった。
「……女子か」
思わず呟く。
「もっと複雑な飾り切りにもできたけど、可愛いほうが元気が出るかと思って。」
彼の無邪気な笑顔を見ていると、思わず自分達の関係を忘れそうになる。
「遼馬はさ、……私と付き合いたいとか、思ってるの?」
「随分唐突な質問だね。……勿論、思ってるよ。でも、最優先事項は君が自傷を辞められるようになることだから。……その過程で僕を好きになってくれたら嬉しいけど」
優しい微笑みは、しかしどこか寂しそうで。
「遼馬は、……遼馬も、独りぼっちなの?」
我ながら失礼な質問だとは思うが。
「独りぼっち、か。……たしかに両親とは疎遠だし、心を通わせられるような、親友と呼べる人間も居ない」
だけど、と笑って彼は続けた。
「君を愛してる。だから、僕は独りぼっちじゃないって自信をもって言えるよ。……たとえ、君が僕を好きでなくてもね」
その理屈は、私にはわからないが。
「じゃあ私も、誰かを愛せたら独りぼっちじゃなくなる、の、かな……?」
両親は既に居ない。まだ学生だった頃、母は事故で、父はそれを追って他界した。遺されたのは、それなりの遺産と、心の傷。……心の傷はやがて身体をも蝕んだ。学校にも行けなくなり、単位を落として結局中退した。友人も皆離れていった。
「愛せるかな、自分以外の誰か…たとえば、遼馬を」
多分、縋るような目をしていたと思う。
「……そもそも君は独りぼっちじゃないよ。僕が、君を愛しているから、ね」
……これが、ストックホルム症候群という奴だろうか?少々罹患するのが早すぎるような気がするが。
「どうせ、調べたんでしょ?私のこと。……両親と死別したとか、遺産でニートやってるとか。……何でそんな人間を愛せるの……?」
遼馬の瞳を直視できずに俯くと、涙が頬を伝い落ちた。
「理由が必要かい?……君が傷付くのを見る度に胸が苦しくなって、君に幸せになってほしくて……いつからか、君の絵よりも君の笑顔が見たいと思うようになったんだ」
優しく抱き寄せられると、彼の鼓動の音が伝わってくる。
「絵、か……。ね、私、遼馬を描いてみたい。人の顔って描いたことないから、上手く描けるかはわからないけど」
遼馬の手にした皿から勝手に取ったりんごを齧りながら呟くと、彼の瞳が輝いた。
「てことは、僕がモデル第一号かい?すごく嬉しいよ!ぜひ描いてみて!……待ってて、今鉛筆を取ってくるから!」
りんごの皿を手渡して、いそいそと隣室に消える彼を見送って。
「愛、か……」
呟いた言葉は、白い壁に吸い込まれて消えていった。
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