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1.inside
── 3メートル近い高さのある最上階スイートの窓に、紅い満月がかかっている。
潤んだようなスモッグに汚れた月。
高層ビル群の谷間に今にも消えてしまいそうなほど低い位置から、夕暮れの東京の空を照らし始めた赤。
「ストロベリームーンだ……」
その月を眺めながら、ふと私が呟いた。
苺の収穫期である6月にかかる満月。
勿論、毎回熟した苺のような赤い色をしているからじゃない。
一か月に2回来る満月がブルームーン。
6月に昇る満月がストロベリームーン。
「どうかなさいましたか?」
柔らかな声がして、寝室に葬式のような黒の上下スーツ姿の若い男が顔を出す。
葬式と思ったのは、別に誇張ではない。
だって彼は死神なのだから。
「あ、ごめんなさい。すぐ行きます」
「食事の用意が整いましたので、お声掛けした次第です。急いではおりません。
お寛ぎの所を。至らずに失礼致しました」
少女人形のような白く美しい顔を下げ、死神がそう言って深々と腰を折る。
染められていない艶やかな黒髪だったが、口を開くと日本語の発音が少し不安定なのが分かる。
動作は洗練されて、熟練のホテル従事者のように隙が無い。美しい所作だ。
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