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寝室から別室に入ると、大きな3段ワゴンに金属蓋で覆われたコース料理が届いていた。
続き部屋を持つスイート室の特徴で、玄関から入ってすぐの主室には、簡易バーにありそうなサイズの洒落たウッドテーブルがある。
重厚な椅子を引いて座ると、ウッドテーブルの上には上品なクロスが掛けられ、スプーンやフォークは既にセットされているようだ。
ふと前を見ると、対面する席には何も置かれていなかった。
「あの、死神さんは食べないんですか?」
聞いてしまってから、何だか変な問いかけをしている気分になって頬が上気した。
若い男の死神は、無表情な顔を一度こちらに向けると
「私は結構です。
誰か給仕をする人間が必要ですし。
それよりも、宜しかったのですか?
ユカリさんの最後の晩餐になりますが、このような場所で」
「い、いえ。むしろこんな素敵なお料理を用意してくれていたとは思わなくて……何だかスミマセン、気を使わせちゃって」
執事のような白い手袋をした死神の手が、金属の蓋を外して、最初のスープをテーブルに運んで来る。
湯気をたてた胡桃色のポタージュからは、森の良い香りがした。
きっとマッシュルームのスープだろう。
「お気遣いなさらずに。
本当は、何処かのお店を予約出来たら良かったのですが。
かと言って亡くなる間際に、あまり人目につく行動をとるのも良くありませんので」
「はい、確かにそうですね……」
「ケータリングサービスにはなりましたが、食事をどうぞお楽しみ下さい。
一流のフレンチ店から、特別に取り寄せましたので」
「ありがとうございます。
ふふ、でもこういうのは慣れませんね。
両親が生きていた頃は、高級店で食事をしたことは一度もありませんでしたから」
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