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白い傘の君
しっとりとした雨が心地よいリズムで私の傘を叩く。
梅雨の時期は憂鬱だけど、密かに楽しみにしていることがあった。
一つは、買ったばかりの淡い青紫の傘を差せること。紫陽花の色に似ていて、落ち込みやすい自分の心を前向きにしてくれる。
もう一つは──今隣に立っている男の子と、少しの間、同じ時間を過ごせること。
学校帰りに、同じバス停で別の行き先のバスを待つ毎日。
私の方が数分早くバスが来るので、それまで彼と一緒にいられるのが一番の楽しみだった。
不透明の白い傘を差す彼は、私と同じベージュの制服だから、たぶん同じ高校だと思う。
──だけど実は、私は彼の顔を一度も見たことがない。
ただの一度も。
お互い傘を差しているので顔はいつも見えなくて。見えたとしても、すっきりとした顎のラインと口元までだ。
私が彼の顔を覗き込もうとしても、それを避けるように傘を傾けてしまう。
顔を見られたくない何かがあるのか。
単に、恥ずかしがり屋なのか。
隠されると、どうしても見たくなってしまうのが人間の性。
だけど、無理に見て嫌われたくはないので、好奇心を封じ込めている。……今のところは。
「雨、やみそうだな」
傘の下から低くて柔らかな声がする。
「ほんとだ。傘、差さなくてもいいくらい」
傘から手を出した私は、雨の雫を確認する。
微かに冷たい、霧雨を指に感じた。
でも彼は、傘を閉じる気配はなく。
そのまま白い傘を差し、私の乗るバスが来るまで顔を隠し続けた。
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