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顔も知らない彼に、私は片想いをしている。
声をかけるにも、毎回勇気が必要で。
心の中で何度もセリフを練習してから、やっと話しかけることができた。
「紫陽花、綺麗だね」
バスを待つ私達の後ろには、淡い青紫から紫がかったピンクまで、たくさんの紫陽花が咲いていた。
「うん。俺も紫陽花は好き」
男の子が花を好きだと賛同してくれるとは思わなくて、頬が緩む。
「……あのさ。今日は元気ないみたいだけど、何かあった?」
私の顔を見ていないはずなのに言い当てられ、傘を僅かに持ち上げる。
「ちょっと、学校で友達と言い争いになって」
「……そっか。俺もよくある。明日は仲直りできるといいな」
彼の顔を知らなくても、静かな声だけは知っていた。
穏やかで温かみのある声が、心の棘を除いてくれる。
私は彼の名前さえも知らない。
けれど二人だけで喋るのだから、特に不便は感じなかった。
でも本当は、顔も名前も知りたくてたまらない。
私の背がもっと低ければ……下からそっと覗き込めたのに。ちらりと彼を盗み見ると、私とそう変わらない高さに傘があった。
あいにく私は、女子の中でも背が高い方だ。
雨の気配が消え、空が急に晴れ上がる。
雲の間からこぼれる陽射しが暑い。
私が傘を閉じたのにも関わらず、彼は日焼けを嫌っているのか、頑なに傘を下ろそうとはしない。
美しい紫陽花が、密かに毒を隠しているみたいに思えた。
──もしかすると、彼は何かコンプレックスがあるのかもしれない。
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