白い傘の君

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* 顔も知らない彼に、私は片想いをしている。 声をかけるにも、毎回勇気が必要で。 心の中で何度もセリフを練習してから、やっと話しかけることができた。 「紫陽花(あじさい)、綺麗だね」 バスを待つ私達の後ろには、淡い青紫から紫がかったピンクまで、たくさんの紫陽花が咲いていた。 「うん。俺も紫陽花は好き」 男の子が花を好きだと賛同してくれるとは思わなくて、頬が緩む。 「……あのさ。今日は元気ないみたいだけど、何かあった?」 私の顔を見ていないはずなのに言い当てられ、傘を僅かに持ち上げる。 「ちょっと、学校で友達と言い争いになって」 「……そっか。俺もよくある。明日は仲直りできるといいな」 彼の顔を知らなくても、静かな声だけは知っていた。 穏やかで温かみのある声が、心の(とげ)を除いてくれる。 私は彼の名前さえも知らない。 けれど二人だけで喋るのだから、特に不便は感じなかった。 でも本当は、顔も名前も知りたくてたまらない。 私の背がもっと低ければ……下からそっと覗き込めたのに。ちらりと彼を盗み見ると、私とそう変わらない高さに傘があった。 あいにく私は、女子の中でも背が高い方だ。 雨の気配が消え、空が急に晴れ上がる。 雲の間からこぼれる陽射しが暑い。 私が傘を閉じたのにも関わらず、彼は日焼けを嫌っているのか、頑なに傘を下ろそうとはしない。 美しい紫陽花が、密かに毒を隠しているみたいに思えた。 ──もしかすると、彼は何かコンプレックスがあるのかもしれない。
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