卒業

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教室から見える外の景色は真っ暗で、 月明かりだけが私たちを照らしていた。 「やっぱこの時期暖房ない教室は寒いな。」 唇を離しぎゅっと私を抱きしめる先生がボソッと呟く。 二人きりの卒業式を、誰もいない教室で先生にお祝いしてもらった。 ここで出会って、始まった私たち。 この高校生活が沢山のことを教えてくれたんだ。 卒業がゴールだと思っていたけれど、、、。 目の前にいる優しい瞳をする人とこれから二人で新たな関係を始めていくんだ。 そう思うとゴールじゃない。 ここからが始まりの時。 ここから先生と2人で、、、。 さっきの浩介の言葉を思い出す。 「教師と生徒じゃなくなったら、普通の男と女の付き合いになる」 普通の男女の付き合いって、、。 一体私たちはどんな風になっていくのかな。 体を離すと、肌寒さを実感する。 「送るよ。帰ろう。」 まだ一緒にいたいけど、もう外は暗闇だ。 荷物もちいちゃんの家に預けたままだ。 「うん。」 そっと差し出された手は大きくて、私はやっぱりこの手が好きだと思った。 大好きな手を握りしめて、2人で教室を出る。 歩きながらふと、聞いてみる。 「普通の男女の付き合いってどんな感じなのかな?」 先生はどう思っているのかな。 顔を見あげると、ん?という表情をして私の顔を見る先生。 「さっき浩介に言われたの。教師と生徒じゃ無くなったから普通の男女のつきあいになるって。」 そもそも普通の男女の付き合いというものをしたことがない私にとって、何もかもが初めての経験で。 「どんな感じか、、、。今まで色々我慢してきた事を堂々とできるって事じゃねぇのか?外で会ったり、こうやって手を繋いで歩いたり。まぁ、本質は何も変わらないと思うけどな。」 私の質問に真面目な顔をして答えてくれる。 そんな先生がとても好きだなあと思う。 「いつでも会えるのかな?」 先生と生徒でなくなった今、毎日会えていたように会うことができるんだろうか。 学校という繋がりがなくなってしまうことで、毎日顔を見ることは減ってしまうのかもしれない。 「会おうと思えばいつでも会えるんじゃねえの?」 先生は淡々と言う。 この先の2人に何も不安を感じでいない様子だ。 私の曖昧な気持ちを察してくれたのか、先生が私の顔を覗き込んで言う。 「なんか不安とかある?」 不安、、、。 なんだろう、自分でもよくわからないこの気持ち。 卒業して堂々としていられる嬉しさはあるけど、この先の2人がどうなるのかなんて想像がつかないんだ。 まだ先の事のように思えていたから、、、。 「んー、よくわかんない。」 私がそう答えると、先生はふっと笑った。 「俺は無いけどな。このままなんじゃねぇかな。」 先生は堂々としている。 何も不安なんて無さげな表情だ。 「そうかな。」 このままの2人で2人の道を進んでいけるのなら、それがいい。 私もそう強く思ってる。 けれど、この先どうなるのかなっていう不安と期待。 「喧嘩とかするのかな?」 「喧嘩かー?。するかもなぁ。」 「えー、それは嫌だ。」 私の話を笑って聞いてくれる先生。 こうやって2人手を繋いで会話をする、そんな日常がいつまでも続けばいい。 いつまでもそうしていたい。 玄関について、先生はポケットから鍵を取り出し、車のエンジンのスターターをつける。 私も靴を履きかえて、先生の方をむいたその時だった。 「響」 急に名前で呼ばれて、一瞬、全身がびくっとなる。 恥ずかしいような、くすぐったいような。 名前で呼ばれるのは2度目だ。 びっくりして固まっている私の顔を見て、また先生はふっと優しく笑う。 「響、ほら。」 そう言って大きな手をまた差し出してくれたんだ。 なんだかくすぐったい。 でも、、嬉しい。 こうやって、普通の彼氏彼女っていうのになっていくのかな。 差し出された手を握りしめて、2人並んで車へと向かう。 なんだかあったかい。 寒い風に当たってるはずなのに、心はとても あったかくて。 こうやって一緒に歩いていきたいな、、、。 いつまでもずっと。 そう思いながらゆっくりと歩く。 車に乗り込み、助手席に座りシートベルトをしていると、先生が、唐突に聞く。 「で、おまえは俺のこと何てよぶんだ?」 淡々とした表情で、タバコに火をつけようとしている先生。 え?? 何て呼ぶって、、、。 急にそんな事を聞かれても、、、。 困った顔をしてしまう。 「、、、先生、じゃなくて?」 「先生じゃねえだろ。もうおまえの教師じゃないんだから。」 そうか、、、。 確かにその通りだ。 でも、なんて呼べばいいかなんてすぐ出てくるはずもなく。 「すぐ出てこないよ。どうしよう。しばらく先生って言っちゃいそう。」 「俺は嫌だからな。おまえに先生って呼ばれるの。もう、解放されたいぞ。」 そう言ってタバコを吸いながら、ふぅっと小さくため息をつく先生。 「うーん、、、。」 悩んでいる私を見て、先生はふっとまた優しく笑う。 「じゃあ、次までの宿題。」 「宿題!?」 もう、先生じゃないのに、やっと卒業して勉強から解放されたと思っているのに。 宿題なんて言うからびっくりしてしまう。 そんな私を横目にクスクス笑ってる先生。 「もうっ!」 困ったなぁ。 呼び方なんて、、、どうしよう。 でも確かに「先生」では無いしなぁ。 俯いて色々考える私。 ふっと先生の顔が近づくのがわかった。 唇に優しいキスをする先生。 そっと唇を離し先生は言う。 「響、好きだよ」 「私も。大好き。」 また口づけを交わす。 お互いの気持ちを確かめるかのように。 もう、絶対離さない。 この大きな手を。 優しい眼差しを。 先生の全てを。 手放したくはない。 この手が好きだと思ったあの日から、ずっと私の心には貴方がいる。 気づけばいつも支えてもらっていた。 先生の事を知るたび、どんどん大きくなるこの気持ち。 「2人で歩いていくんだろう。この先も。」 先生が優しく言う。 「うん。」 「これからもよろしくな。」 大きくて私の全てを包みこむその手は、私の頭を優しく撫でるんだ。 先生も同じ気持ちでいてくれる。 それがどんなに心強くて私の勇気になるか。 先生は、私の高校生活の道標だったよ。 普通の彼氏彼女がどんなものかもわからない。 だけど、、、。 この気持ちだけははっきりわかるんだ。 先生のことが好き。 2人で並んで歩いていきたい。 窓から見る景色はまだ冬模様。 春にはまだ遠い、雪の残る景色を眺めながら、心に誓う。 同じ景色を2人で、これからもずっと見れますようにと。
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