視線

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「車のナビのことだけど」 妻が言い淀んだ。 「ねえ、きょう、早く帰ってこれる?」 「どうかな。接待があるからな……1時すぎるかも。出来るだけ早く帰るよ」 昼休み、妻からスマホに連絡があった。仕事中に電話をかけてくるとは、めずらしい。  ナビの使い方でもわからなかったのかもしれない。 僕はまだ会社だからと言って、電話を切り上げた。  午前2時45分。 僕はうちのマンション前に着いた。 なんとか午前3時には寝れるな。 僕は胸をなでおろす。 僕はそっと鍵を開ける。それでも真夜中のマンションの外廊下にカチャッと音が鳴り響く。 僕はドキドキしながら、さっきよりももっと慎重にドアを開ける。 鍵を閉め、靴を脱いだ。 リビングは明るい。 まさか。起きてるのか?もう寝ていてくれ。 僕は廊下に足を一歩踏み出したそのとき、リビングのドアが開いた。 「ごめん。起こした?もう寝ていてよかったのに」 僕はとりあえず謝った。 妻は無言だ。 「もう寝て。僕もすぐに寝るから」 僕はリビングにカバンを置くと、シャワーを浴びに風呂場へ向かう。 ふと加奈子の部屋でシャワーを浴びてきたことを思い出した。 下着だけ取り替えればいいか。もう遅いし。 僕はさっさと下着だけ取り替え、パジャマを着た。 僕は素早く寝支度を整えると、夫婦の寝室に向かった。 早く寝なければ、明日の朝がきつい。 僕の理性はそう急き立てるが、先ほどまでいっしょにいた加奈子のことを思い出していた。 加奈子と付き合いはじめて、3ヶ月。僕らは毎回情熱的に愛を交わす。いつもなら12時すぎには加奈子の部屋を出て、1時ごろには家に帰ることにしている。 しかし、今日はうっかり寝こけてしまった。慌てて僕は加奈子の家を後にした。 不倫がバレないようにするコツは、必ず家に帰ることだ。 僕は加奈子の素晴らしい肢体を思い出し、寝室の前で立ち止まった。色が白く、滑らかで……ハリのある、女の盛りにさしかかったばかり加奈子。 従順で僕の要求に顔を赤らめながら、恥ずかしそうに応じる加奈子。僕の手で美しく咲かせるのは愉しかった。 この夫婦の寝室のドアを開けたら、現実だ。 僕の気配に妻は気がついたようだ。 「早く……来たら?」と僕を呼んだ。 寝室を開けると、電気が煌々と点いていた。 妻は寝ていなかった。 ベッドの縁に腰掛けてはいたが、ベッドは乱れてもいない。 「寝てくれてよかったのに」 僕が小さな声でいう。 妻は微動だにしなかった。 いやな予感がした。 ベッドの上にはETCカードやクレジットカードの請求書があった。蛍光ペンでマークがしてある。 僕は、わきの下からべとりとした汗がにじむのを感じた。 「うちの匂いじゃないわね」 妻は無表情でつぶやいた。 額からも僕は汗が出てくるのを感じた。 時計は午前3時を指している。 「どうする……明日の朝がいい? 今がいい? きょう早く帰ってねっていったよね?」 妻が冷たい眼で僕を見た。 夜は長い。明日にしてもこれから眠れるほどの度胸はない。今からの方がいいのだろうか。 妻になって言えばいいのか。 僕は何も考えられない頭を抱えた。
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