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プロローグ
■ □ ■ □
「私は、奇蹟だ」
自らをエルと名乗った美少女は、次いで呟くようにそう言った。
彼女はフリルとレースの付いた黒のフレアドレスに身を包み、朱色の短髪に小さなベールハットを乗せた小綺麗な格好をしている。
「お前に会うのは二回目だが。お前、何も覚えていないだろう?」
エルは愛らしい顔立ちに無機質な表情を浮かべたまま、小首を傾げる。
そして小さなテーブルを一つ挟んで、向かい側の椅子に腰掛けた。
室内には窓から月光が射し込んでいるが、四辺は嵌め込み式の大窓に囲まれており、完全な密室状態だ。
生活感の欠片も無い殺伐とした内装で、奇妙な事にドアが無い。
何処から。
いや、何時から自分は此処に居るのか。
「お前が此処に来た、という事は、お前に与えた力が到達点に至った事を意味している。しかしながらお前の場合、同時に厄介な運命を手繰り寄せ、結び付けたとも言えるな」
淡々とした口調で続けながらエルは、いつの間にかテーブルに置かれていた紅茶を手に取った。
そして少しだけ口を付けると、一息付いてから再び小さな唇を開く。
「無駄話だと理解しているが、私も散々待っていたんだ。まだ時間も有る。憂さ晴らしだという体で、聞いてくれ。先に言っておくが、私は理想が高いぞ」
カップを皿の上に静かに戻し、エルは此方を見据えた。
その段階で既に、テーブルの上には色とりどりの茶菓子が出現している。
「全てだ。世界の全てを在るべき姿に戻せ。生け贄など必要としない、本来の世界に。他の誰でもない。お前が救済するのだ」
エルは長方形の茶菓子を一つ手に取り噛った。
そして咀嚼した後、手に持った茶菓子で此方を差しながら言うのだ。
「おい、今回は口が利けるだろう? そろそろ何か言ったらどうなんだ。ウィルヘルム」
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