【モニタリング】優しい彼と10年後の再会は……

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【モニタリング】優しい彼と10年後の再会は……

「お久しぶりです。ずいぶん大きくなりましたねえ。えっと、もう15歳ですか?」 「はい。今年から聖海高校の一年生ですよ」  夫の暴力に悩まされていた頃から十年後、私は久しぶりに『しろねこ心療所』に訪れていた。電車で二時間、山道を登ること40分。  そんな僻地へ来たのは真奈の成長した姿を見せるためだ。 「そうですか。もうあれから十年も経つんですねえ」  縁側でお腹を出して寝そべっている白夜様に「ねこちゃーん」と駆け寄る真奈を見つめて、久能さんはつぶやいた。  とても不思議なことに、懐かしそうに目を細める彼の姿は十年前と少しも変わっていない。あの頃だって自分とさほど変わらない20代後半の青年に見えた。普通ならば40代手前になっているはずだ。  それなのに、まったく年をとっていないように思える。しわひとつない。あまりにも若々しいままだから面食らってしまったくらいだ。 「美人に成長しましたねえ、真奈ちゃん」  青年の笑顔に触れて、昔に戻ったような錯覚に陥る。  だけど私も真奈もあの頃とは違う。私は少しばかり白髪が混じってきたし、しわも増えた。真奈は私の身長を越えたし、最近はお化粧もする。  時間は確実に流れている。五歳だった幼子の面影はどこにもない。 「白夜様はお変わりないですか?」 「ほら、あのとおりですよ」  真奈が高校の制服のジャケットに潜ませていた猫じゃらしを振ると、高速パンチで弾く。そんな白夜様の姿に思わず吹いてしまった。  百発百中。  空振りなし。    以前見た彼とおんなじだ。  老猫とは思えないほどのすばらしいパンチの応酬に、真奈が「うわあ。ねこちゃん、昔とぜんぜん変わんないー。すごい、すごい!」とうれしそうに声を上げた。 「それにしてもすごいですね。DVで悩む女性のためのNPO法人を立ち上げるなんて」 「自分の経験を、同じことで苦しんでいる人のために生かしたかったんです。死ぬ気でがんばるって、白夜様にもお約束しましたし」 「あれからすぐに離婚されて、女手ひとつで真奈ちゃんを育てることも大変だったでしょうに。その上、お仕事にも一生懸命で。本当にあの方に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですよ」  やれやれと久能さんは肩をすくめてぼやいた。  そのときだ。パンッと大きな破裂音が響いて「きゃっ!」と真奈の小さな悲鳴が上がった。  彼女へ目を向けると、とても不機嫌に目を三角にさせた白夜様が彼女の向かいに座って、こちらをにらみつけている。どうやら久能先生のぼやきが聞こえたらしい。 「怒ってますよ、白夜様」 「まあ。私は彼の怒った顔が大好物ですので、怒ってもらったほうが嬉しいんですよね」  パンパンッと縁側の床板が二度打ちされる。  ――大概にしとけよ、このたわけが!  と、さも言いたげな音だ。 「そう言えば、真奈さんも聖海高校なんですねえ」 「誰かお知り合いでも?」 「ええ。ここへ週末お手伝いに来てくれる子が同じ聖海高校なんですよ。もしかしたら仲良くなれるかもしれません」 「まあ! それはうれしい!」 「今度、彼女に伝えておきますね」 「ぜひ!」 「では、お茶を淹れましょうかね。いただいた八角屋の栗むし羊羹も切ってくるといたしましょう」  そう言うと、久能さんはここへ来たときに手渡した紙袋を覗きこんで、うれしそうに目を細めた。 「彼、ここの栗むし羊羹が大好きなので、少し大きめに切りましょうかね」  縁側で白夜様が腰を弓なりにさせて大きく伸びをする。そんな彼の頭をやさしく真奈が撫でる。  どうやら彼女ならば許してくれるらしい。彼は大人しく頭を撫でられつづけている。  ちょっと困り顔なところがかわいらしくて、自然に私の口元がゆるむ。 「お母さ~ん。ほらっ、こっち来て。ねこちゃん、かわいいよ~」  真奈が満面の笑顔で手招きした。 「は~い」  私は大きく返事をすると、ゆっくりと白夜様のいる縁側へ近づいた。  10年経っても少しも変わっていない優しい彼が、同意するかのように「ウナア」と短く鳴いた。
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