文化祭直前の大事件 前編

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文化祭直前の大事件 前編

 それからシンデレラの稽古は滞りなく進んでいった。モエコは木の役者兼演出家となり木の役の男子生徒をビシビシと鍛えていった。男子生徒たちは最初はモエコの激しすぎるいぢめに耐えきれずピーピー泣き出し、しまいには学校にさえ来なくなった男子も出る始末であったが、モエコはその男子の家まで押しかけ、アンタ!シンデレラから逃げる気なの?そんなの私が許さない!絶叫に許さない!と男子生徒をボッコボッコになぐりその首根っこをひきづって体育館まで引っ張っていった。このような地獄のレッスンの甲斐あって男子生徒の木の演技は異様なくらい上達した。今ではモエコが棒を振って合図すればまるでベルリン交響楽団のように木のざわめきを完璧に再現するまでになった。  しかし、それに反して肝心のシンデレラの登場人物を演じる連中の演技は一向に上達しなかった。モエコたちがいくら木のざわめきや風の音、さらには登場人物の草を踏む足音まで再現しているのに、シンデレラ役をはじめとする登場人物の彼女たちの演技は相変わらずの棒読みで、しかもセリフすら覚えられずひたすらカンペを読んで演技している有様だった。明後日が文化祭なのにこの有様はなんであろうか。モエコはそんな彼女たちの悲惨な演技をそばで見ていてたまらず何度も自分が替わりにシンデレラになろうと申し出たくなった。しかしその度にモエコは自分の役目はあくまでもシンデレラの舞台を支える木なんだと思いとどまり、ひたすらシンデレラと彼女をいぢめる召使い役がまともな演技が出来るよう願ったのだった。  だがモエコのそんな努力をボロボロにする事件が起こった。王子役の男子生徒が今日やっと稽古に参加してくれたのだが、まったくやる気がなく、挙句の果てにシンデレラ役の女子生徒を指差して、 「こんなブスと恋人になるなんて演技でもやだね!ヤダねったらヤダね!」とわめき出したのだ。  それを聞いた女子生徒は「ワァー!」と声を上げて号泣し、他の女子生徒はシンデレラ役の女生徒に対する王子役の生徒のあまりに酷い言葉に頭にきて、箒を振り上げて男子生徒を襲った。しかし男子生徒は、 「俺にそんな事していいと思ってるのかお前ら!そんな事したら俺王子役降りるぞ!このブス共!この学校一番のハンサムボーイの俺の代わりに王子役できる奴がいると思っているのか?あの木の役の田吾作共に王子なんかやらせたら学校中の笑いものだぜ!」  と叫びながら逃げ回ったのだった。  確かにこの男子生徒の美貌はこの学校ではずば抜けて秀でていた。しかも彼以外のクラスの男子はみんなブサイクの塊みたいな連中でこんな奴らを王子にしたら失笑もの間違いなしだった。だからこの男子生徒には絶対に王子様役をやってもらわねばならなかった。担任は木を演じている男子生徒たちを見て絶望した。あんな出来損ないのサツマイモ連中にとても王子様役など演じられない。そうしたら間違いなく文化祭の演技コンクールは最下位確定。自分は笑いものにされる。だから普段生徒同士の争いごとに我関せずの彼が珍しく今にも殴られそうな男子生徒を助けようと女子生徒たちのの前に立ち彼をかばったのだった。 「おい、やめろ!揉め事はやめるんだ!今時の学生運動じゃあるまいしそんな箒で人を叩いたら危ないじゃないか!」  しかし血の高ぶった女子生徒たちは教師の言うことなんか聞きはしなかった。彼女たちは男子生徒を叩こうと担任に対してそこをどけ!と言い放ち、どかないならお前も殴ってやると口々に叫んだ。ああ!何度も繰り返すが九州女は子供の頃から九州女。てだれの闘牛士でもとても扱えるものではない!担任はもうやけくそになって叫んだ。 「そんなにアイツを殴りたいなら代わりに俺を殴れ!」  望むところだった。女子生徒たちは担任を取り囲み箒でボッコボッコに殴り倒してしまった!ボディは勿論、顔まで箒で滅多打ちにした。女子生徒のうちの一人が「顔はやばいよ、ボディにしな!ボディに!」と忠告したが誰も聞きはしなかった。  その滅多打ちする音が体育館響きわたる中、ステージでひたすら木を演じるモエコたちはそんなことなど我関せずとひたすら木の役にのめり込んでいた。モエコはずっと木を演じていていつの間にか自然の匂いを感じるようになった。田舎で暮らしてきたくせに自然の素晴らしさに気づかなかったなんて自分は愚かだったのだろう。ああ!もう少しこの自然の中に漂っていたい……。と自然の匂いを感じたくて息を吸い込もうとした瞬間だった。突如甲高い絶叫がモエコの耳を貫いたのだ。
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