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モエコの初舞台『シンデレラ』!上演!
さて、文化祭の前日に突如シンデレラ役に抜擢されたモエコだが、彼女は担任から指名された時飛び上がるほど喜び、その喜びを抑えきれず、私がシンデレラよ!と教室を歩き回りながら何度も叫んだものだが、しかし演るからには最高のシンデレラにしなければならぬと己に喝を入れ、慌ててその身を引き締めたのだった。自分のすべてをこのシンデレラ役にぶつけたい。命に代えてもこのシンデレラは成功させなければならぬ!だから自分に厳しく他人にもっと厳しいモエコは王子役のハンサムボーイにも木の役の男子生徒と同じように徹底的にしごいた。何せ文化祭は明日なのだ。何としてもこの顔だけが取り柄の男を今日中に王子役として完璧に仕上げなくてはならないのだ。モエコは王子役がセリフを絶対に忘れないようにセリフを書いた紙を丸めて王子役に無理やり飲ませた。そして王子役の下手くそな演技を上達させようと日中ずっと王子の格好をさせて、一日中王子のセリフしか喋るなと命令までした。
王子役の生徒はそんなモエコのあまりに無茶苦茶な要求に一言も文句を言わずに従っていた。いや、自ら喜んでモエコの奴隷になったといってよい。彼は昨日のあの出来事ですっかりモエコに惚れてしまった。美しさの中に途方も無い激しさをもつこの美少女に夢中になってしまった。ああ!ハンサムボーイといえどやはり九州男児、九州男児は九州女によって本物の男になるのだ。だから彼は昨日あの事件の後、保健室で包帯を取り替えていた担任に、俺はモエコちゃんとじゃなきゃ『シンデレラ』は出来ない!と直訴したのだ。
今、体育館でモエコと王子役の男子生徒が絶叫と悲鳴を上げながら猛烈な稽古をしていたが、しかし体育館に今いるのはモエコと王子を除くと木の役の男子生徒たちだけで、シンデレラをいぢめる役の女子生徒はいなかった。担任は昨日と同じように頭を包帯でぐるぐる巻きにした格好でその事について悩んでいた。あいつらモエコがシンデレラになったのが不満で稽古をサボったのか。だけどこれしか文化祭で無事にシンデレラを上演する方法はなかったんだ。王子役をまともな生徒にして見せられる舞台にするには。担任の目の前のシンデレラ役のモエコと王子役の男子生徒の演技はみるみるうちに良くなっていった。もはや学芸会のレベルではなかった。このひたすら鈍感な担任でさえモエコの天才ぶりに目を見張った。もしかしたらこのまま無事に舞台が成功したら確実に自分の評価は上がるだろう。しかし、今彼の最大の懸念は女子生徒たちがモエコがシンデレラ役に抜擢されたことに激怒して稽古をボイコットしてしまったことだった。いくらモエコと王子の演技が評価されてもモエコと王子と木しかいなければ舞台は成立しないではないか。彼は最終手段として木の役の男子生徒の何人かを召使い役に振ろうと考えた。頭巾で誤魔化せば男も女もわかるまい。まだ声変わり前だ。ああ!でもあくまでそれは最終手段!担任は体育館の天井を見て願った。明日クラス全員が揃って無事にシンデレラを上演して、上演後に生徒全員、自分の下に駆け寄って来て先生!と涙を流して抱きついて来ることを!
一方、予想もしなかったモエコのシンデレラ役への大抜擢に激怒した女子生徒たちは、その場でブチ切れ、授業が終わるなり、アンタたちで勝手にやってればいいでしょと言って帰ってしまった。それから彼女たちは病気で倒れたシンデレラ役の生徒の家にお見舞いに向かったのだった。
シンデレラ役の生徒は女子生徒からシンデレラ役が代役がモエコになったと聞かされた瞬間号泣しベッドで暴れまくった。なんでよ!よりによってシンデレラがモエコだなんて!ああ!彼女はシンデレラになりたかった。それは主役を演じるためだけでなく、ずっと好きだった王子役の男子生徒と演技でも恋人になれるからであった。それがこともあろうにモエコだなんて!彼女は昨日王子に投げつけられた言葉を思い出して絶望にのたうち回った。
『こんなブスと演技でも恋人になるなんて、死んでもやだね!ヤダねったらヤダね!』
彼女の頭の中であの屈辱のセリフが何度も繰り返される。いくら涙を流そうが頭からその言葉が離れない。『こんなブスと演技でも恋人になるなんて、死んでもやだね!ヤダねったらヤダね!』そんな彼女に友人たちは自分たちもあの男からとんでもないことを言われたと次々に口にする。
「あいつ、あなただけじゃなくて私たちまでブス扱いしたのよ!とんでもない男よ!」
「あなただけだったらいいけど私たちまでブスなんて言われるのは耐えられない!悔しい!悔しい!」
「しかもアイツモエコなんかと一日中王子の格好でイチャイチャしてたのよ!ムカつくわ!」
モエコと王子がイチャイチャしていると聞いた途端、シンデレラ役の女子高生はハッとベッドから起き、その事を言った女子生徒の首を締め上げながら喚いた。
「どういうことよ!話しなさいよ!イチャイチャしてるってキスまでいったってことなの?ええっ!まさか契まで結んで……」
女子生徒は必死になってシンデレラ役の生徒の手を首から離し、咳き込みながら言った。
「そんな事私が分かるわけないじゃない!ただ、一つだけいえるのはモエコのやつと王子がベッタリくっついていたってだけよ!」
それを聞いたシンデレラ役の女子生徒はベッドを激しく叩きながら絶叫した。
「ああ!殺してやりたい!モエコも王子も二人とも!」
「私たちだって同じ気持ちよ!私たちをあなたと一緒くたにブス扱いしたアイツラがシンデレラと王子役を演るなんてたまらないわ!」
「ぶち壊してやる……」
どすの利いた声が響き、女子生徒たちはその声にゾッとして一斉に黙り込んだ。シンデレラ役の生徒は壁を指差した。女子生徒がその方向を向くと、そこには一本の鉄製のモップが置かれていた。
「あのモップ貸してあげる。ホントだったら私が二人をあれで殴ってやるんだけど、こんな体じゃ何も出来ないわ!だからお願い!私の代わりにあのモップでアイツらを殴ってきて!一生のお願いよ!」
女子生徒は涙を流しながらシンデレラ役の生徒の手を握りしめて言った。
「あなたの敵は絶対にとってやる!あなたどころか私たちまでブス扱いした畜生ども!あなたのモップで叩きのめしてやるわ!」
そしていよいよ文化祭の日がやってきた。しかし当日になっても女子生徒たちは現れなかった。相変わらず包帯姿の担任はもはや一刻の猶予もないと木の役の男子生徒に召使い役を頼もうと男子生徒に声をかけようとした。しかしモエコは担任の目の前に立ち激しく首を振った。先生、ダメよ!これは私たちクラス全員で演る舞台でしょ!みんなで完成させる『シンデレラ』じゃない!あの子達を信じて!私わかるの、あの子たちは絶対にくる!いくらあの子達が顔も性格も悪いからって、こんな大舞台を放ったらかしてしまうような人間じゃないわ!ああ!その教師を止めたときのモエコの身振りはなんと美しかっただろう。王子役はその決然としたモエコの態度に感動するあまり跪いて足を舐めたくなった。担任もあくまでクラスメイトを信じるモエコの態度に感動してもう少しだけ待とうと約束した。
文化祭は滞りなく進行し、とうとう演劇の発表会まで来てしまった。会場である体育館では他のクラスが次々と舞台を演り、そして自分たちの一つ前のクラスの舞台がもはや終わろうとしている時だった。モエコと彼女の奴隷である王子は女子生徒は必ず来ると信じていたが、担任はもう我慢できなかった。だから木の役のうちの誰かに召使い役を演ってもらおうと説得にかかろうとした時だった。突如体育館の扉が開き召使いの格好をした女子生徒の集団が息せき切って駆けつけてきたのだった。
「皆さん、お待たせしました!ゴメンね!いろいろあって遅れちゃった!」
女子生徒はこれ以上ないほど溌剌とした笑顔で謝ってきた。モエコは彼女たちのその笑顔にやっとこのブサイクな子たちも真面目に『シンデレラ』をやる気になったのね、と感動して目を潤ませた。そんなモエコを王子役も感動して泣き出した。担任は包帯から涙を流しながら女子生徒に抱きついた。女子生徒はそんな担任を箒で払い除け、モエコに向かって進みよると昨日シンデレラ役の生徒から借りた。鉄製のモップを突き出して言った。
「モエコ!今日は最高の舞台にしましょうね!」
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