恋宿

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「待ってください、お嬢さん。ひとつ、頼みを聞いてはくれませんか?」 「はぁ、なんでしょう?」 珍客に呼び止められた八重は、首を傾げて振り返る。 「ひとりの夕餉は寂しい。よければ一緒に食べてくれませんか?」 青年の頼みごとに、八重は目を丸くする。 (まぁ、おかしな殿方ですこと) 八重は内心そう思いながらも、微笑んで見せた。 「父に確認してきますね」 「それもそうですね」 青年が納得したところで、八重は一番部屋を後にした。 八重は受付にいる父の元へ小走りで行く。 「ねぇ、父さん」 「なんだ?」 父は帳簿から顔を上げずに返事をする。 「さっきのおひとり様のお客様、私と一緒に夕餉を食べたいと仰っていたんだけど、いいかしら?」 「あの方は秋月清一(あきづききよかず)様といって、華族の方だ。無礼が無いようにな」 父はようやく顔を上げ、真面目腐った顔をして言った。 「分かりました」 八重はふざけて恭しくお辞儀をすると、一番室に戻った。 「秋月様」 廊下から声をかければ、清一が顔を出す。 「父から許可をもらいました」 「そうですか、それはよかった」 清一は柔らかな笑みを浮かべる。 「夕餉の時間にそちらに伺います」 では、と八重は一礼してから仕事に戻った。
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