■スタ特より『きっかけ』■

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「こんにちはぁ〜」  田舎なので、どこの家も誰か一人でも家にいたら、鍵をかける習慣がない。  理人(りひと)の母親の車は車庫になかったけれど、玄関が開いていると言うことは理人が在宅なんだろう。  声をかけながら勢いよく玄関の引き戸を開ける。  と――。 「わわっ!」  途端(とたん)すぐ目の前で、()頓狂(とんきょう)な声が上がって、葵咲(きさき)はキョトンと大きな目を(しばたた)いた。 「――え?」  一瞬何が起こったのか理解できなくて、玄関扉に手を掛けたまま、葵咲は身動きが出来なくなる。 「……なんだ、葵咲ちゃんか」  対して相手の方は、引き戸を開けたのが葵咲だと分かって、どこかホッとしたようだった。 「上がりなよ」  落ち着き払ってこちらに近づいてくる理人に押されるように、無意識に削られた距離だけ数歩後ずさる。  葵咲は見てしまったのだ。  お風呂上がりの、腰にタオル一枚巻いただけの理人の姿を。  彼は、見慣れない黒縁のメガネまで掛けていて、葵咲はまるで知らない男性がそこにいるかのような錯覚を受けた。  幼い頃から見慣れていると思っていた理人の身体なのに。  少し見ないうちに、随分肩幅も広くなり、胸板も厚くなっていた。  そこにいた彼は、断じて葵咲の知るお兄ちゃんなんかではなく、(まぎ)れもない異性なんだと思い知らされてしまった。 「ご、ごめんなさいっ」  謝罪は、突然玄関を開けてしまったことに対してか。  はたまた裸を見てしまったことにだろうか?  慌てて玄関扉をピシャリと締めながら、火照(ほて)る頬をペチペチ叩いて自問自答したけれど、とうとう彼女自身にも答えは分からなかった。  多分そのことがきっかけなんだろう。  そんなつもりはないのに、ふとした時にそのことを思い出してしまい、それを重ねるごとにどんどん理人の顔を見ることが出来なくなっていってしまった。  それが、後に自分の身にどんな風にして返ってくるかなんて、その時の葵咲には、知る(よし)もなかった。     END(2019/06/06)
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