葵咲の希望と理人の譲れないもの

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葵咲の希望と理人の譲れないもの

 お盆のお休みに、理人(りひと)と二人で旅行に行こうという話になった。  行き先は県内の、観光地。  日帰りするには少しきついけれど、一泊で行くならそんなに遠くない距離のところ。  お互いの親にもちゃんと了解を取ったし、理人もお盆間は図書館自体が閉館になるので仕事にも支障が出ない。  付き合い始めてから、私は時間があれば彼の家に遊びに行っていたから、たまには気分を変えてみるのもいいかも?と思っての提案だった。 「行くならせっかくだし、一緒に温泉に入りたいな。部屋に家族風呂が付いてるところにしよう!」  行った先での観光プランなどは私の希望ばかりを通してくれた理人が、1つだけ譲らなかったのがそれだった。  前から目星をつけていたのか、理人は露天風呂付きの客室をいとも簡単に手配してしまう。  いとも簡単、と感じたのは私の勝手な思い込みで、実は凄く苦労して取ったのかも知れないけれど、そんな様子は微塵も感じさせない軽い調子で、彼は言った。 「宿泊先は僕の望みどおりのところがキープできたから心配しないで」  現地までは車でドライブがてらのんびり行こうか、と言った理人を制して、私は新幹線とレンタカーの組み合わせがいいな、とおねだりしてみた。  私は一応免許は持っているけれどペーパードライバーで運転が出来ないし、そうなるとどうしても理人に無理をさせてしまうと思ったから。  近場まで公共の乗り物で行って、あちらでレンタカーに乗り換えたほうが彼の負担がないかな?と思ったのだ。  それにも、理人は割とすんなりOKを出してくれた。 「僕は葵咲(きさき)と一緒にいられるなら車だろうと新幹線だろうと何でも構わないよ」  そう、言って。  でも、その選択のせいで、あんなことになるなんて、そのときの私は思いもしなかったのだ――。
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