葵咲の同級生

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***  どうやら正木くんも私たちと同じ駅で降りるらしい。  それを聞いた瞬間の理人(りひと)の顔を思い出すと、測らず溜息がこぼれる。 (機嫌、悪そうだなぁ)  始終ニコニコと笑顔だけど、それ自体が常態ではない。 (絶対物凄く機嫌が悪い……)  理人の横顔を見て、私は何度目になるか分からない密かな吐息を漏らした。 「葵咲(きさき)、元気ないけど大丈夫? 気分悪かったりする?」  そんな中でも、理人は私の変化にはとても敏感で。 「ううん。そういうわけじゃないの。新幹線に乗るの、久しぶりだったからちょっと疲れちゃっただけ……」  実際はこの空気が耐えられなくてのことなんだけど、二人が笑顔で取り繕っている以上、私が敢えて指摘するのもおかしいかなって思った。 「……少し眠る?」  到着までまだあと30分くらいかかるし。  理人がスマホの時刻を確認しながら言う。 「おいで」  うん、とも眠る、とも答えていないのに、彼は半ば強引に私の頭を自分の肩に持たせかけるように傾けさせた。 (う……。なんか恥ずかしい……)  目の前に同級生がいて……甘えたみたいなこの姿を見られているんだと思うと恥ずかしくて堪らない。  でも、もし今、身体を起こしたりなんかしたら、理人の厚意を踏みにじることになる。  自分の羞恥心と理人の気持ちを天秤にかけて、私は理人への気遣いを選んだ。 「……ごめんね。せっかくの旅行なのに」  恥ずかしいので、努めて正木くんのほうは見ないようにして理人の耳元に唇を寄せた状態でそうつぶやくと、私は観念して理人の肩に顔を埋めた。  ぐっと近づいてしまったからかな。  呼吸するたびにふわりと鼻腔をくすぐるさわやかなシトラス系の香りに、私は何だかドキドキと落ち着かない気持ちになってくる。  肌を重ねているときに、時折理人から香るそのにおいは、いつの間にか性的なイメージとともに私の脳にインプットされていた。
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