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敬語なので、きっと私に、ではなく理人に向けられた言葉なんだろう。
「僕たちはすぐレンタカーに乗り換える予定なので……正木さんとは駅に着いたらお別れですね」
理人もそれに気付いていたんだろう。代わりに答えてくれる。
そんな二人のやり取りをぼんやり眺めていたら、鏡面になったガラス窓に、正木くんの顔が映っているのに気がついた。
彼が鏡越しに私の様子を窺っているように見えて、居たたまれなくなった私は、思わず視線を逸らして隣の理人を見つめる。
理人の服の裾を、正木くんには見えないようにちょっとだけ引っ張って理人の注意を引いてから、「ごめんね、理人。せっかく肩、貸してくれたのに……。何だか落ち着かなくって……」と話した。
わざと、ドキドキして……というのは言わずにおいた。
今ここで言わなくても、きっと二人きりになったら、理人は私にさっきの行動の真意を問うてくるはずだから。
だから敢えて今は告げない。
「丸山、ごめんね。せっかくの彼氏とのデートを邪魔したみたいになっちゃって」
駅に着くと、それまで無言だった正木くんが、申し訳なさそうにそう言った。
私こそ、照れ隠しのためとはいえ、大人気なかったな、と反省しきりで。正木くんに「こちらこそごめんね」と素直に謝ると、彼に手を振ってさよならする。
そんな私たちの様子を、理人はずっと無言で見つめていた。
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