*嫉妬

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 でも、今は違う。  さっきから目を合わせてくれない彼に、心細くて泣きたくなった。  私は思わず手を伸ばすと、無言でハンドルを握る理人の腕にそっと触れる。  その瞬間、理人の身体がピクリと震えた。でも反応はそれだけで。こちらを見ようともしてくれなかった。  私は悲しくなって、彼に伸ばした手をおずおずと引っ込める。  居た堪れない気持ちのまま、窓外に視線を転じると、膝の上に載せた手にギュッと力を込める。  スカートのプリーツがしわになってしまうかもしれないけれど、そんなことも気にならないくらい、悲しかった。  どのくらいそんな気詰まりするような時間が流れただろう。  いつの間にか、車は人気(ひとけ)の殆んどない山の中に入っていた。  私が立てた観光プランの中には、そんな山奥の施設はなかったはずだ。 (どこに向かっているの?)  問いかけたいけれど、また無視されたらと思うと怖くて、私は何も聞けなかった。  と、少し開けたスペースで、何の前触れもなく停車する。  辺りを見回しても、何も見られそうなところはなさそうで――。 「葵咲(きさき)降りて」  不安になって理人の方を見つめたら、彼はシートベルトを外して車から降りながら私にそう言った。  何が何だか分からないままに言われた通りシートベルトを外していたら、理人が助手席のドアを開けた。その気配に彼の方を見上げたら、怖い顔をした彼に、性急に車の外へ引っ張り出されてしまう。  そのままギュッと手を掴まれたまま、半ば強引に私の手を引いて歩き始める理人。 「理人っ、どこに――」  行くの?と問いかけようとしたら、急に立ち止まった彼に強く抱き寄せられた。そうして言葉ごと飲み込むように唇を塞がれる。 「……んっ」  息継ぎも出来ないような激しいキスに、私はただただ翻弄(ほんろう)された。
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