理人の想い

2/14
前へ
/624ページ
次へ
理人(りひと)?」  どこか様子のおかしい理人をゆるゆると振り返ると、私は恐る恐る呼びかけた。  理人は何も言わずに私を抱き上げると、(ひのき)の床の洗い場に下ろして、黙々と身体を洗ってくれる。  温泉に来る前に想像していた、楽しく二人で洗いっこ、みたいな雰囲気には全然ならなくて……私は何となくソワソワと落ち着かなかった。 「あの、理人……?」  無言で私を綺麗にしてくれる理人に、もう一度呼びかけてみる。  でも、理人は何か思いつめたような表情で作業に専念していて。  私はその雰囲気がどうしても堪らなくて、泡だらけの身体のまま理人の真正面に陣取った。  そうして彼の顔をギュッと両手で挟み込むと、真正面から理人の目をじっと見つめてもう一度呼びかける。 「理人……!」  そこでようやく理人の表情に変化が起きた。 「……っ!」  突然の私の暴挙に、驚いたように大きく目を見開くと、次の瞬間、慌てて私から視線を逸らすように目線を下向ける。 「理人、お願い。こっち向いて?」  私はめげずに畳み掛けた。 「……葵咲(きさき)」  私の真剣な視線に、逃げられないと観念したのか、理人が私の名前をぽつりとつぶやいてこちらを見る。その声がとても切なげで、苦しそうで。 「どうしちゃったの? さっきから変だよ?」  お風呂に入るまではいつも通りの理人だった。というか、お風呂に入ってからも最初のうちは変わりなかったはずだ。  おかしくなってしまったとしたら……。 「ゴムなしでしちゃったこと、そんなに反省してるの?」
/624ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3549人が本棚に入れています
本棚に追加