ハプニング

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 不安で堪らなかったところに聞きなれた声が聞こえて、ゆっくり振り返ると、正木(まさき)くんが立っていた。  知人に出会えたという安心感で気が緩んだ私は、へなへなと脱力してその場にへたり込んでしまう。 「えっ、ちょっとどうしたんだよ!? 大丈夫か?」  いきなり座り込んでしまった私に、正木くんが心配して駆け寄ってくる。 「ご、ごめんなさい……。ちょっと正木くんの顔見たらホッとしちゃって……」  地べたに這いつくばったまま彼のほうを見上げてそう答えると、期せずして瞳から、涙がポロリと(こぼ)れ落ちた。 「……え? ……あ、あれ?」  びっくりしてしまった。  泣くつもりなんて微塵(みじん)もなかったし、こんなところでいきなり泣かれても彼も困るだろう。  急いでごしごしと涙を拭ったけれど、一度(せき)を切ったそれはなかなか止まってくれなくて。 「とりあえず、こっちに」  正木くんは通路の壁に(すが)るようにして崩れ落ちた私の手を引いて立ち上がらせてくれると、少し奥まった死角に連れて行ってくれた。  さすがにあのままは誰か通りかかったら目立つし、私が恥ずかしい思いをすると気を遣ってくれたんだろう。  壁を背にして何とか立つ私を隠すように、正木くんが前に立ちはだかってくれる。 「ごめんね」  ややして落ち着きを取り戻すと、私は彼に謝罪の言葉を述べる。 「いや、それはいいんだけど……丸山、一人でどうしたんだよ?」  正木くんは仁王立ちで私をじっと見据えてから、探るように付け加える。 「――彼氏は?」 「え?」
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