約束

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 昨夜六階の『ダイニング桜庵(さくらあん)』で食べた料理も美味しかったけれど、箱膳で運ばれて来た朝食もとても上品な仕上がりで美味しかった。  素材の味を活かした、優しい味付け。  私もいつかお嫁さんになれる日がきたならば、こんな料理を家族に振る舞いたいな、と思ってしまうような、そんな味。  そこまで想像して、ふと理人(りひと)との新婚生活とか……そういう夫婦としての色んな営みを想像してしまった私は、思わず口の()に笑みを(こぼ)してしまう。 「葵咲(きさき)?」  と、不思議そうに理人から呼びかけられて、私は彼にじっと見つめられていたことに気が付いた。途端、恥ずかしくて真っ赤になる。 「葵咲、何を想像したの?」  改めて問われると、どう答えたらいいのか分からない。  困り顔で恐る恐る理人を見つめ返したら、彼の指がすっと伸びてきて――。 「――ご飯、付いてる」  うっかり唇の端に付けていたらしいご飯粒をつまみ取られる。  それを、何の躊躇(ためら)いもなく食べてしまう理人に、私は頬がますます紅潮するのを感じた。 「こういうの、いいよね」  ややして、そんな私をしばらく眺めていた理人が、ポツンと(つぶや)いた。 「――え?」  その声に思わず彼を見つめ返したら、 「新婚さんみたいでいい」  理人がにこっと微笑む。  期せずして、私がさっき想像してしまったことと被ってしまった理人のセリフに、驚いてしまう。 「わっ、私も……っ」  そこで、被せるように私は彼の言葉に便乗した。 「私もね、さっき、同じことを思ってたの。そしたら……凄くいいなぁって思っちゃって……思わず口許(くちもと)が緩んでしまったの」  そこを、貴方に見咎(みとが)められたのだと言外に含ませる。  私の言葉を聞いて、理人が一瞬瞠目(どうもく)してから、ついで心底嬉しそうな笑顔になる。 「葵咲。気が早いって怒られちゃうかも知れないんだけど――」  しばし(のち)、とても真剣な顔をして彼が言った言葉に、今度は私が目を見張って……それから泣いてしまうくらい嬉しくなる番だった。
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