3543人が本棚に入れています
本棚に追加
/624ページ
やはり思った通り、彼女はひとつ下のフロアにいた。
「いいの、あった？」
彼女を変に緊張させないように。
僕は何でもない体で声をかけながら、敢えて葵咲ちゃんに近づきすぎないよう心がけつつ、手にした本たちを棚に配架していく。
「今ね、ゼミの先生の勧めで今昔物語集を最初から読んでみようと思ってるの。おすすめ、ある？」
小さな声で話していても、静かな館内だからかお互いの声がよく通る。
「多学館の『古典文学全集』なんかいいと思うよ。原文と解説と現代語訳が同じページ内を三段に分けて書いてあるから、あちこちページめくらなくていいし、読みやすいと思う。あ、でもハードカバーだから重いのがなぁ」
言えば、
「それ、どこにあるの？」
と声がする。
「えっとね」
その声に、彼女を手招きすると、「ここが全部そのシリーズ」、と目の前の棚に視線を向けた。
「こんなに！？」
書架の二段をずらり占拠したその本に、葵咲ちゃんが目を真ん丸にする。
「でも葵咲が読みたいのは今昔物語集だけでしょ？ だったら……」
素早く書架に目を走らせて、お目当ての数冊を指さした。
「君に関係があるのはこの四冊だけだよ」
葵咲ちゃんが僕の方に近づいてきて、その内の一冊を手に取る。
「伊達に館長さんを名乗ってるわけじゃないんだね。これ、すっごく良さそう」
彼女がそう言ってにっこり笑った……。
その時――。
最初のコメントを投稿しよう！