【相談内容】今日、家出します

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【相談内容】今日、家出します

 美浜第二中学校3年4組、伊藤真紀、14歳。  私は今日、家出することを決意した。  理由は親と喧嘩をしたから――と言いたいところだけど、半分当たって半分当たってない。そもそも喧嘩と言っていいのかもわからない。向こうからしたら、ただの私の癇癪だ。自分たちはいつだって正しくて、私はいつだって不正解なんだから。それに両親は私個人になんてまったく興味がない。  どんな友達がいて、学校ではどんなふうに過ごして、どんなものに興味があるのか。どんなテレビを見て笑うのか。どんな話を聞いたら泣いてしまうのか。そういったことすべてを、彼らはまったく知ろうともしない。  だって学校から帰っても、仕事で忙しい両親は家にいないことが圧倒的に多くて、私はいつも自分で鍵を開けて家に入る。いたところで自室にそれぞれこもって仕事をしているから、私が帰ってきたことすら気づかない。一応声は掛けるけど「今忙しいから」と返事があるだけで、顔もまともに見やしない。  夕飯はお金か、近所の惣菜屋で買われた弁当が置いてある。  どちらにしても親と一緒に夕飯を食べることなんてことは、まずない。あるとすれば、受験に関することを話すときだけだ。  今日はそのレアな日に当たった。 「真紀、勉強のほうはどうだ?」  父がこちらに顔も向けず、英字新聞に目を通したまま訊いてきた。 「別に。普通」 「普通じゃわからないでしょ? この間の全国一斉学力テストは前回よりも100番以上も順位を落としているじゃないの」  母がテーブルの上で書きものをしたまま告げた。テスト結果だけはきっちり把握しているらしい。 「だからなに?」 「だからなにって。塾でなにを聞いてきているの? このままだと美浜西高合格ギリギリラインじゃないの」 「だからなに?」 「母さんに向かって、その口のきき方はなんだ!」  父がやっと英字新聞を置いた。眼鏡越しにこちらをにらみつけている。  私は唇をとがらせた。口のきき方や作法といったしつけにはやたらとうるさい。 「ごちそうさま」  母のご飯はおいしくない。味噌汁なんて本当に色がついている程度で薄味すぎる。お肉だって焼きすぎて固くなっている。普段、料理なんてものをしないから、たまに作った彼女のご飯は食べられたものじゃない。  箸を置いて席を立とうとすると、父が「待ちなさい」と言った。 「まだ話は済んでない。それに出された物は残さず食べなさい。母さんが忙しい合間を縫って料理してくれたんだから」  父の皿を見る。よく食べられるなと腹の底で嘆息した。ああ、そうだ。この人たちにとっては味なんかどうでもいいんだ。仕事ができる栄養だけ補給できれば、どんなものだって変わりはしない。きっと犬や猫の餌だって、この人たちならたべられるんじゃないだろうか。 「いらない。ごはん、まずいもん」 「真紀!」  母がペンを置いた。プライドが傷ついたのか、彼女の顔が真っ赤になっている。 「いつもの弁当のほうが数倍マシ。それに私、美浜西には行くつもりないし」 「それはどういう意味だ」 「そのまんまだよ。私は父さんや母さんみたいにはなりたくないの」 「真紀!」  父が立ちあがった。平手が飛んでくる。私はよけなかった。  ビリリッと強い電気を食らったみたいな痛みが左頬に走った。じんじんとする。思いっきりぶたれても、私は泣かなかった。  痛いのはぶたれた頬じゃない。頬じゃないんだ。 「気は済んだ? 私、塾の時間だから行くよ」  私は背中を向けた。  父は「ああ」とだけ短く返事をした。  母はなにも言わなかった。言葉の代わりにペンが走る音が聞こえた。  ぎゅうっと握り拳を作る。   ――痛い。痛い。痛い。  急いで自分の部屋に戻って、カバンを持った。  教科書やノート、参考書が入っている塾のカバンじゃなくて、着替えと銀行のカードと財布が入ったスポーツバッグのほうだ。前もって用意していた。いつかのときのために、だ。 「行ってきます」  部屋を出て、玄関で靴を履く。息を吸いこんでから、リビングの二人に聞こえるように声を掛けた。だけど「いってらっしゃい」の挨拶ひとつもない。  これが私の家族。心なんかどこにもない。ただの同居人。いや、一応私を育ててはくれているのか。血が繋がっているだけ厄介だ。いっそ他人だったら諦めがつくのかもしれない。  楽しい思い出を振り返ろうとしてやめた。忙しい父や母は動物園とか、遊園地とか、そんなところには連れて行ってくれなかった。そんな時間がもったいないと、小さな私は休日でもやっている保育園へ預けられた。  お金だけはある家だから。お金を出せば解決できるから。  私はいつもひとりだった。  家にいても、学校にいても、どこにいてもひとりきり。  頼れる身内はいない。仲のいい友達もいない。  さて、どうしよう。  そう思って私はとある掲示板サイトを開いた。  出会い系のサイトだ。  そこに書き込みをする。  そうすれば、誰かしらが反応してくれるはずだから。 『家出したので誰か泊めてください』  誰かからの返信を待ちながら、私は駅へ向かった。
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