【モニタリング】本当にかわいくないんだから

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【モニタリング】本当にかわいくないんだから

「こんな遠くまでお越しいただいて申し訳ありません。お礼なんてよかったのに」 「いえいえ。本当に二人のおかげだからさ」  家出事件から半年後、私は『しろねこ心療所』に来ていた。電車で2時間、山道を登ること40分。こんな山の奥までやってきたのにはちゃんと理由がある。二人にきちんとお礼をするためだ。 「私の夢がちょっとずつ叶ってきているのも、二人と出会ったからだと思ってるから」 「まさか真紀さんの将来の夢が漫画家になることだなんて思いませんでしたよ」  私が渡した漫画の原稿に目を通しながら、感心するように久能さんはうんうんと大きくうなずいた。今日の彼は私が出会ったときとは違って黒いスーツを身に纏っていた。普段はスーツなんだという。羽織袴の和装姿もすごく似合っていたけど、スーツはスーツでなかなかおいしい。このまんまの姿でコミケに来ても、和装同様、やっぱり人だかりができるに違いない。 「漫画家の夢のことは、ご両親にはきちんと話をされたのですか?」  心配そうにこちらの顔をしげしげと見つめながら久能さんが訊いた。私は「うん」と強く首を縦に振る。 「ちゃんと話したよ。何回もわかってもらえるまで、諦めずにね。それが2人との約束だったし。でもさ、一方的なのは良くないと思ってた、勉強もおろそかにしないって約束した」  あれから両親と毎日ごはんを一緒に食べられるようになった。たくさん話もするようになった。二人は仕事量を減らして、私との時間を作ってくれるようになった。何部屋もある広いマンションから、必要最低限の部屋だけの狭いアパートへ引っ越しもした。塾も習い事も減らしてくれたから、私はようやく友だちを作ることもできた。  ここまで両親が歩み寄ってくれたのだ。私だって、ただ自分のしたいことだけを主張していちゃいけない。今の自分ができることを精一杯やる。だからこそ、勉強も一生懸命にやると決めたんだ。 「そうですか。それは本当に良かったですね。家出といえば、ちょうど真紀さんと同じ年の頃でしょうか。実は私も自分の将来のことについて家人とケンカして、家出したことがあったんですよ」 「え? 久能さんが⁉︎」  私に漫画の原稿を返す久能さんをまじまじ見つめる。穏やかで、優しい雰囲気の彼が誰かとケンカする姿なんて想像がつかない。 「家業を継ぐことが生まれたときから定められていたものですから。縛られた人生がすごく嫌で、反発もしていました」 「それはつらいね。生まれたときからなんて」 「でもまあ、今では家業を継いでよかったと思っていますよ。継がなかったら今こうして、真紀さんともお話しできていなかったでしょうから」  久能さんがふふっと口元をゆるめて私を見る。そんな彼に「あのさあ」と切り出す。 「久能さんの家の仕事って一体なんなの? 心療所の仕事の他に、お寺の住職さんとかやってんの?」 「当たらずしも遠からず、と申しておきましょうか」 「なにそれ? なんか意味深だなあ」 「あまり話をしてしまうと、真紀さん、漫画のネタにしてしまうでしょ?」 「あっ、バレた」  目を合わせて笑い合う。不思議な人と猫だなと思う。彼らのことをもう少し知りたかったけど、スルッとかわされてしまった。どう頑張ってもおそらく教えてはもらえないだろう。  もしかしたら、だ。他人には言えないような秘密を、この人たちは山ほど抱えているのかもしれない。人目を避けるように山奥で暮らすのも、なにか隠さないといけないものがあるからなのかもしれない。  隣に座る久能さんの視線を追う。彼の視線の先は縁側に向かっていた。日光浴をしながら、白夜がのんびりとくつろいでいる。こちらの視線に気づいたのか、彼は大きく口を開けて、ふああっとあくびをこぼした。 「ああやって見ると、白夜って普通の猫なのになあ」  ぽそりとつぶやく。普段の姿はどこからどう見ても猫そのものだ。縁側で耳を掻く白夜と目が合う。彼は耳を掻いていた足を下ろして前足をきちんと揃えた。じっとこちらを睨みつけてくる。なにかを言いたげな顔だ。 「間違えんな、愚民」  隣にいる久能さんが突然そんなことを言った。驚いて縁側に座る猫から黒スーツの彼に目を向ける。髪も目も、色は変わっていない。頭から耳も生えていない。だけど口調はまるきり白夜が乗り移ったみたいになっている。  もう一度、縁側を見る。白夜は座ったままだ。急いで視線を久能さんに戻す。ややあと彼は困ったように笑って続けた。 「白夜様と呼べ――と彼が申しております」 「まったく本当に上から目線なんだから! 白夜! そんなこと言ってると、持ってきたロミオジェラドルドのおいしい高級ジェラード! あんたにはあげないんだからね!」  私の言葉に白夜の目がまんまるになって、耳がピクンッと震えた。長いしっぽが左右にゆれている。 「どうしようかなあって迷っているみたいですよ、彼」  久能さんが耳元でささやいた。どうやら相当、『トロトロ、あまあま』に弱いらしい。 「本当にかっわいくないんだから」  思わず苦笑した。素直じゃない彼が半年前の自分とどこか重なって、おかしく思えたのだ。  そんな私に彼は鋭い視線を投げながら、一緒にするなと言っているみたいに「ウナア」と不満そうな声でひと鳴きした。
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