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「まーた、菓子食ってる」
休み時間、家から持ってきたチョコレートのお菓子をかじっていたら、隣からにゅっと手が伸びた。
「あー、なにすんの! 由良!」
「お前、菓子食い過ぎ。太るぞ?」
そんなことを言いながらあたしのお菓子を勝手に食べ始めたのは、今朝あたしと目が合った、由良洸介だ。
由良もあの目立つ男子グループにいる。髪を茶色く染めていてちょっとチャラい。でもあたしの友達の間ではけっこう人気がある。
「太るとか女子に向かって言う言葉? セクハラだよ、それって」
「は? お前女子だっけ? 知らなかったよ」
そう言ってはははっと笑うと、由良はまたあたしのお菓子に手を伸ばす。あたしはその手をパチンと叩く。
「いい加減にしろよっ」
「いいじゃん、もう一本。まだバッグの中にひと箱持ってるんだろ?」
違うよ、あと二箱だもん。バッグの中には常にお菓子が入っていないと落ち着かないんだ。
「ちょうだい。もう一本」
「うるさいなぁ、あと一本だけだよ?」
そう言って由良に一本差し出す。あたしの手からお菓子をつまんだ由良は、子どもみたいに嬉しそうに笑う。
あ、なんかヤバい。
どうしてかな。見慣れた顔のはずなのに、こんなふうに無邪気に笑いかけられると、あたしの心臓がどきどきいう。
由良はいつも笑っている。
男子とくだらない話をしながら。女子にからかわれながら。
だいたいいつも笑っている。
それに由良はクラスの誰にでも話しかける。あのグループの男子は、だいたい同じように目立つ女子としか話さないのに、由良は目立たない女の子にも普通に話しかける。
でもあたしは由良のそういうところ、けっこう好きだったりする。
窓から差し込む日差しが、由良の髪を明るく照らした。
由良は夏の日差しがよく似合う。そして由良と付き合う女の子も、きっと明るい女の子なんだろうななんて、なんとなく思う。
放課後になると、あたしは急いで帰りの支度をして、みんなのところへ集まる。
「帰りどっか寄ってく?」
「カラオケ行こうよ」
「いいねー、行こ行こ!」
カラオケかぁ……。あたし、ちょっと苦手なんだよね。
「梨央も行くでしょ?」
聞かれたあたしは笑顔で答える。
「うん。もちろん」
あたしはもう、ひとりぼっちにはなりたくない。
みんなで騒ぎながら廊下へ向かう。今日も帰りは遅くなりそうだ。またお兄ちゃんに文句を言われる。
でもしょうがないじゃん。「ほんとは行きたくない」なんて絶対言えない。
「梨央」
突然背中に声をかけられた。ゆっくり振り返ると、そこに由良が立っていた。
「なに?」
「ちょっとさぁ、頼みがあるんだけど」
由良がにこにこ笑いながらあたしに言う。
「英語教えてくんない? 今日の授業さっぱりわかんなくて。来週のテストで点数悪かったら、さらに補習だろ? そんなんで夏休みつぶれるなんて絶対ヤダし」
「なんであたし?」
「だってお前得意じゃん、英語だけは」
ははっと笑う由良の肩をどんっと押す。由良はどこまで本気なのか「お礼にお前の好きな菓子、一箱買ってあげるから」なんて言っている。
「梨央と由良って、仲良いよね?」
美咲妃の声が聞こえてハッとした。
「仲なんて良くないよ」
「良いじゃん。教えてあげれば? お勉強」
「でもこれからカラオケ……」
「カラオケなんかいつでも行けるっしょ?」
美咲妃が笑ってあたしの背中を押すから、あたしは由良にくっつきそうになった。それが恥ずかしくて、あたしはごまかすように言う。
「じゃあ、お菓子二箱で」
「は? 一箱で十分だろ?」
「あたしの授業料は高いの!」
みんなが笑って、じゃあねー梨央、由良と仲良くねー、なんて言いながら教室を出て行く。
女の子のはしゃぎ声が聞こえなくなったら、やけに教室の中は静かになった。
「えっと、じゃあ勉強……」
いつの間にか教室の中にいるのは、由良とあたしだけになっていた。途端に体中が緊張してしまう。
けれどそんなあたしの前で、由良が言う。
「あー、やっぱいいや」
「は?」
「これから勉強とかだるいし。やっぱ帰ろ」
「はー? なに言ってんの? だったらあたし、みんなとカラオケ行きたかったのにー」
そう言ったあたしの耳に、由良の声が聞こえた。
「ほんとにそう思ってる?」
胸がちくりと痛んで、あたしはゆっくりと由良のことを見る。
「ほんとにカラオケ行きたかったの?」
由良と目が合う。由良はなんでもわかっているような顔つきで、あたしに笑いかける。
「なに……言ってんの?」
「いや、ほんとはお前さ。カラオケ行きたくないのかなーなんて思って」
そうだよ。その通りだよ。本当はカラオケなんか行きたくなかった。
「あたった?」
いたずらっぽい顔をして、由良があたしのことをのぞきこんでくるから、あたしは息をはくように答えた。
「あたりだよ。あたし、ジャイアン級に超音痴だから」
由良がおかしそうに笑い出す。
「そんなに笑うことないでしょー」
「いいじゃん、いいじゃん。じゃあ一緒に帰らない? 俺と」
突然の由良の言葉に体が固まる。心臓がどきどきいって、おかしくなりそう。いや、もう、おかしくなっている。
「……お菓子は、買ってもらうからね?」
やっとのことであたしが言うと、由良はまた声を立てて笑った。
その日は由良と一緒に帰った。
あたしの隣を由良が歩いている。肩に掛けた学校指定のバッグに、ストラップをじゃらじゃら揺らして。
その中のひとつを、あたしもバッグにつけている。偶然を装って、こっそり由良とおそろいのを買っちゃったんだ。
途中のコンビニに寄って、由良はあたしにお菓子を買ってくれた。期間限定の貴重なやつだ。あたしはそれをバッグの中にしまう。大事に大事にしまう。
「お前さぁ、ほんとにお菓子好きだよな?」
並んで歩きながら、隣の由良があたしに言う。同じ制服を着た女の子たちが、ちらちらと由良のことを見ている。
由良と一緒にいると、あたしまで目立ってしまってちょっと困る。でもちょっと嬉しい。
「うん。お菓子があると落ち着くの」
「やばくね? それって」
「そだね。たぶんお菓子中毒? 三食お菓子でも大丈夫だし」
「やばいって、お前。マジでそれ」
由良が笑って、あたしも笑う。
由良と一緒の帰り道は、なんだかすごく楽しかった。
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