第4話 日下部梨央

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「まーた、菓子食ってる」  休み時間、家から持ってきたチョコレートのお菓子をかじっていたら、隣からにゅっと手が伸びた。 「あー、なにすんの! 由良(ゆら)!」 「お前、菓子食い過ぎ。太るぞ?」  そんなことを言いながらあたしのお菓子を勝手に食べ始めたのは、今朝あたしと目が合った、由良洸介だ。  由良もあの目立つ男子グループにいる。髪を茶色く染めていてちょっとチャラい。でもあたしの友達の間ではけっこう人気がある。 「太るとか女子に向かって言う言葉? セクハラだよ、それって」 「は? お前女子だっけ? 知らなかったよ」  そう言ってはははっと笑うと、由良はまたあたしのお菓子に手を伸ばす。あたしはその手をパチンと叩く。 「いい加減にしろよっ」 「いいじゃん、もう一本。まだバッグの中にひと箱持ってるんだろ?」  違うよ、あと二箱だもん。バッグの中には常にお菓子が入っていないと落ち着かないんだ。 「ちょうだい。もう一本」 「うるさいなぁ、あと一本だけだよ?」  そう言って由良に一本差し出す。あたしの手からお菓子をつまんだ由良は、子どもみたいに嬉しそうに笑う。  あ、なんかヤバい。  どうしてかな。見慣れた顔のはずなのに、こんなふうに無邪気に笑いかけられると、あたしの心臓がどきどきいう。  由良はいつも笑っている。  男子とくだらない話をしながら。女子にからかわれながら。  だいたいいつも笑っている。  それに由良はクラスの誰にでも話しかける。あのグループの男子は、だいたい同じように目立つ女子としか話さないのに、由良は目立たない女の子にも普通に話しかける。  でもあたしは由良のそういうところ、けっこう好きだったりする。  窓から差し込む日差しが、由良の髪を明るく照らした。  由良は夏の日差しがよく似合う。そして由良と付き合う女の子も、きっと明るい女の子なんだろうななんて、なんとなく思う。  放課後になると、あたしは急いで帰りの支度をして、みんなのところへ集まる。 「帰りどっか寄ってく?」 「カラオケ行こうよ」 「いいねー、行こ行こ!」  カラオケかぁ……。あたし、ちょっと苦手なんだよね。 「梨央も行くでしょ?」  聞かれたあたしは笑顔で答える。 「うん。もちろん」  あたしはもう、ひとりぼっちにはなりたくない。  みんなで騒ぎながら廊下へ向かう。今日も帰りは遅くなりそうだ。またお兄ちゃんに文句を言われる。  でもしょうがないじゃん。「ほんとは行きたくない」なんて絶対言えない。 「梨央」  突然背中に声をかけられた。ゆっくり振り返ると、そこに由良が立っていた。 「なに?」 「ちょっとさぁ、頼みがあるんだけど」  由良がにこにこ笑いながらあたしに言う。 「英語教えてくんない? 今日の授業さっぱりわかんなくて。来週のテストで点数悪かったら、さらに補習だろ? そんなんで夏休みつぶれるなんて絶対ヤダし」 「なんであたし?」 「だってお前得意じゃん、英語だけは」  ははっと笑う由良の肩をどんっと押す。由良はどこまで本気なのか「お礼にお前の好きな菓子、一箱買ってあげるから」なんて言っている。 「梨央と由良って、仲良いよね?」  美咲妃の声が聞こえてハッとした。 「仲なんて良くないよ」 「良いじゃん。教えてあげれば? お勉強」 「でもこれからカラオケ……」 「カラオケなんかいつでも行けるっしょ?」  美咲妃が笑ってあたしの背中を押すから、あたしは由良にくっつきそうになった。それが恥ずかしくて、あたしはごまかすように言う。 「じゃあ、お菓子二箱で」 「は? 一箱で十分だろ?」 「あたしの授業料は高いの!」  みんなが笑って、じゃあねー梨央、由良と仲良くねー、なんて言いながら教室を出て行く。  女の子のはしゃぎ声が聞こえなくなったら、やけに教室の中は静かになった。 「えっと、じゃあ勉強……」  いつの間にか教室の中にいるのは、由良とあたしだけになっていた。途端に体中が緊張してしまう。  けれどそんなあたしの前で、由良が言う。 「あー、やっぱいいや」 「は?」 「これから勉強とかだるいし。やっぱ帰ろ」 「はー? なに言ってんの? だったらあたし、みんなとカラオケ行きたかったのにー」  そう言ったあたしの耳に、由良の声が聞こえた。 「ほんとにそう思ってる?」  胸がちくりと痛んで、あたしはゆっくりと由良のことを見る。 「ほんとにカラオケ行きたかったの?」  由良と目が合う。由良はなんでもわかっているような顔つきで、あたしに笑いかける。 「なに……言ってんの?」 「いや、ほんとはお前さ。カラオケ行きたくないのかなーなんて思って」  そうだよ。その通りだよ。本当はカラオケなんか行きたくなかった。 「あたった?」  いたずらっぽい顔をして、由良があたしのことをのぞきこんでくるから、あたしは息をはくように答えた。 「あたりだよ。あたし、ジャイアン級に超音痴だから」  由良がおかしそうに笑い出す。 「そんなに笑うことないでしょー」 「いいじゃん、いいじゃん。じゃあ一緒に帰らない? 俺と」  突然の由良の言葉に体が固まる。心臓がどきどきいって、おかしくなりそう。いや、もう、おかしくなっている。 「……お菓子は、買ってもらうからね?」  やっとのことであたしが言うと、由良はまた声を立てて笑った。  その日は由良と一緒に帰った。  あたしの隣を由良が歩いている。肩に掛けた学校指定のバッグに、ストラップをじゃらじゃら揺らして。  その中のひとつを、あたしもバッグにつけている。偶然を装って、こっそり由良とおそろいのを買っちゃったんだ。  途中のコンビニに寄って、由良はあたしにお菓子を買ってくれた。期間限定の貴重なやつだ。あたしはそれをバッグの中にしまう。大事に大事にしまう。 「お前さぁ、ほんとにお菓子好きだよな?」  並んで歩きながら、隣の由良があたしに言う。同じ制服を着た女の子たちが、ちらちらと由良のことを見ている。  由良と一緒にいると、あたしまで目立ってしまってちょっと困る。でもちょっと嬉しい。 「うん。お菓子があると落ち着くの」 「やばくね? それって」 「そだね。たぶんお菓子中毒? 三食お菓子でも大丈夫だし」 「やばいって、お前。マジでそれ」  由良が笑って、あたしも笑う。  由良と一緒の帰り道は、なんだかすごく楽しかった。
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