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「梨央。あんたこの前、勉強なんてしなかったんでしょ?」
翌週、教室へ向かって廊下を歩いていたあたしの前に、美咲妃が現れてそう言った。
「え……なんで?」
あたしの体がぎゅっとこわばる。美咲妃は怒った顔をしている。周りの女の子達も、あたしを囲むように見ている。
「勉強なんて嘘で、由良と一緒に帰ったんでしょ? あたしらとのカラオケ断って」
「あ、それは……」
言葉が上手く出てこない。何か言わなきゃ。何か上手な説明を……
「梨央ってさ、由良のこと、好きなの?」
美咲妃が言う。他の女の子たちは黙っている。誰も笑ったりしていない。背筋がすうっと寒くなる。
「好き……なんかじゃない」
「じゃあなんなの? あたしらをだましてこそこそと」
「べつにだましてなんかないよ。あたしはただ……」
美咲妃の手があたしのバッグをつかむ。由良とおそろいのストラップが揺れる。
美咲妃は勝手にファスナーを開け、それを床に放り投げた。バッグの中からばらばらとお菓子が散らばる。あの日、由良に買ってもらった期間限定のやつも。
「まーたこんなにお菓子買って。あんた太ったんじゃない?」
美咲妃の声が耳から入り込み、頭の中を抉ってくる。
「由良に誘われて浮かれてんじゃねーよ。あんたみたいなデブ、好きになる男なんているわけねーじゃん」
床に膝をついて、お菓子を拾い集める。そんなあたしの上から、美咲妃の笑い声が聞こえる。その笑い声に、他のみんなの笑い声が重なる。
あたし……また間違えちゃったのかな。どこで間違えちゃったのかな。
美咲妃たちの足音が離れていく。あたしは廊下を這いつくばるようにして、バッグの中身をかき集める。
話したこともない同じクラスの地味な子が、憐れむような目つきであたしを見ているのがわかった。
「どうしたの?」
その声に、あたしはハッと手を止める。
「なにばらまいてんだよ? こんなところで」
おかしそうに笑いながら、由良があたしの前にしゃがみ込む。お菓子の箱を拾って「ほら」とあたしに差し出してくれる。
目の前に由良の顔が見えた。そしてその向こうに、そんなあたしたちの様子をうかがっている美咲妃たちの姿が見える。
『由良に誘われて浮かれてんじゃねーよ』
ああ、そうか。そうだよね。どんな子にも気軽に話しかけてくれる由良だから……だからあたしみたいなデブでブスな子にも、話しかけてくれたんだよね。
あたしだけが――特別なんかじゃなかった。
あたしは由良の手からお菓子の箱をひったくると、それを乱暴にバッグの中へ押し込んだ。
「梨央?」
不思議そうな顔をしている由良を残し、あたしは何も言わずその場を立ち去る。
そして長い廊下を真っ直ぐ走って、そのままトイレへ駆け込んだ。
『あんた太ったんじゃない?』
美咲妃の声とみんなの笑い声が、中学の記憶と重なる。
あたしはその場にうずくまると、胃の中の物を全部便器に吐き出した。
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