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「ねぇ、由良。一緒に帰らない」
店を出ると、美咲妃に声をかけられた。
「別にいいけど」
美咲妃とは帰る方向が同じだし、断る理由もない。
みんなと別れて、美咲妃のおしゃべりを聞きながら町を歩く。すれ違った他の学校の生徒が俺たちに振り返る。
美咲妃は目立つから。男子の中でもいつも話題に上がっている。そういえばこの前バスケ部の青山が、告ったって言っていたな。見事にふられたらしいけど。
「久しぶりだね。由良と一緒に帰るの」
そう言って、美咲妃が右手で長い髪を耳にかける。その仕草、中学の頃と変わってない。
そして美咲妃がその仕草をする時は、誰かの気を引きたい時だって知っている。
「何か話でもあるの?」
「え?」
俺は美咲妃から目をそらしてつぶやく。
「何か俺に、言いたいことでもあるんじゃないかって思って」
美咲妃が黙って俺の顔を見ている。そして少しの沈黙のあと、どこか冷たい声で俺に言った。
「梨央のこと、好きなの?」
やっぱり。そう言われるような予感がしていた。
美咲妃が俺と梨央のことを、気にしてるって気づいていた。
「別に好きじゃないよ」
「でも一緒に帰ってた」
「美咲妃とだって一緒に帰ってるじゃん」
横を向くと、俺のことをじっと見ている美咲妃と目が合った。
「ねぇ」
立ち止まった美咲妃が、俺の白いシャツの袖を引っ張る。
「あたしら、もう一度、前みたいに付き合えない?」
同じように立ち止まった俺のシャツを、美咲妃がもっと強く引っ張る。
「ごめんね、由良。あの時のことは何度でも謝る。あれはあたしが悪かった。先輩とはあれから一度も会ってない。ほんとだよ」
美咲妃にぐっと引き寄せられた。あの時の記憶が蘇って、情けない気持ちになる。
「……無理だよ」
「あたしのこと、どうしても許せないって言うの?」
「そうじゃない」
もうあのことはいい。どうでもいい。
「じゃあどうして……」
黙り込んだ俺の耳に、美咲妃の声が聞こえる。
「やっぱり由良は……梨央のことが好きになっちゃったんでしょ?」
「……違うよ」
美咲妃の手が俺から離れた。
「嘘つき」
その言葉を残して、美咲妃は俺の前から去って行った。
美咲妃とは中三の時、一年近く付き合った。
告ってきたのは美咲妃のほう。その時俺には付き合っている子も好きな子もいなかったし、美咲妃はすごく可愛かったから、すぐに「いいよ」って答えた。
それから毎日、美咲妃はサッカー部だった俺の練習が終わるまで、校庭の隅で待っていてくれた。
部活の仲間からは冷やかされたけど、全然悪い気はしなかった。
毎日一緒に帰って、手をつないでキスをした。
お互い初めてのキスだった。
サッカーも友達付き合いも美咲妃との関係も、何もかもがうまくいっていた。
そのうち受験シーズンになって、俺は美咲妃と同じ高校に入れるように、必死で勉強した。
美咲妃と会う時間は減ってしまったけど、でも受験が終わればまた会えるって信じて、めちゃくちゃ頑張った。
あんな必死に勉強したのは、後にも先にもあの時だけだと思う。
だけど美咲妃は違ったんだ。あの時の美咲妃の気持ちに気づけるほど、俺は大人じゃなかった。
美咲妃と会う約束をしていた合格発表の日、久しぶりに顔を出したサッカー部に、時々指導に来ている高校生のOBがいた。
そいつは悪びれた様子もなく、突然俺に話した。美咲妃とキスしたことを。
「勉強教えているうちに、なんとなくそういう雰囲気になっちゃってさぁ。悪いな」
全く意味がわからなくて、俺はただ黙ってその声を聞いていた。
「だけどお前も悪いんだぞ? いくら受験だからって、彼女ほったらかしにするなんて。もっと彼女の気持ちも考えてやらなきゃダメだ」
悪いのは俺なのか?
美咲妃に問い詰めたら、寂しかったんだって答えた。
「あたしだって由良とおんなじ高校行きたくて頑張ってたよ? だけど時々すごく不安になって、少しでもいいから由良に話を聞いて欲しかったのに……由良はそれさえもしてくれなかった」
そんなこと言ったって。受験が終わればいくらでも会えるから、それまでは勉強に集中しようってお互い約束したじゃないか。
「そんな時先輩が優しくしてくれて……それで一回だけ……でもすぐに後悔したの。先輩のことなんてなんとも思ってない。だからほんとに……ごめんなさい」
美咲妃はそう言って、俺の前で肩を震わせながら泣いた。
そんなふうに泣かれたら、やっぱり自分が悪いような気がしてきて、怒る気にもなれなかった。
そのまま俺たちはなんとなく高校生になって、だけどふたりきりで会うことはなくなって、もちろんキスもしていない。
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