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悪かったな、暇人で。悪かったな、塾行ってなくて。悪かったな、部活辞めて。
「くそっ」
無性にイライラした。最近ずっとこんな感じだ。一学期の終わりに部活を辞めてからずっと。
マンションのエントランスを出て、じりじりと焦げ付くようなアスファルトの上を、行き先も考えずに歩く。
真夏の日差しは容赦なく、少しだけ伸びた坊主頭に降り注ぎ、喉が渇いたと思って自販機の前で立ち止まり、財布を持っていないことに気づく。
バカだ、俺は。何もかもがついていない。
とりあえず涼しそうな場所を求めて、駅へと続く道を歩く。
野球のユニフォームを着た小学生がふたり、自転車で前から走ってくるのが見えて、俺はさりげなく目をそらす。
通りかかったコンビニの、自動ドアがすうっと開いた。客が出てくるのと同時に冷気をふわっと感じたけれど、財布を持っていないから店へ入るのは気が引けた。
立ち読みでもするふりをして、少し涼んで出てくればいいのに。だけどそれは店に悪いなんて思ってしまう、ヘンに生真面目というか、そういう勇気のない自分が嫌になる。
コンビニの前を通り過ぎて少し歩くと、公園が見えてきた。子どもの頃よく遊んだ公園だ。そこにベンチがあったことを思い出して、俺は足を速めた。
公園のベンチはちょうど木陰になっていて、運が良いことに誰も座っていなかった。というより、こんな真夏の真っ昼間、遊んでいる子どもなどどこにもいない。
ベンチに座って、ぼんやりと誰もいない公園を眺めた。公園の半分に滑り台や砂場やちょっとした遊具があって、あとの半分は何もない広場になっている。
ああ、そう言えば、小学生の頃よくここで、父さんとキャッチボールしたよなぁ。少年野球チームの仲間と、暗くなるまで野球ごっこをして遊んだこともあったっけ。
あの頃の夢はもちろん『プロ野球選手』。中学生でレギュラーになって活躍して、高校生で甲子園に行って、ドラフト一位で指名されて、五億円プレーヤーになる、なんて、まさに夢を描いていた。
そんなもの、なれるわけないのに。こんな下手くそなヤツが、プロどころか、甲子園さえも行けるはずはないのに。
自分で自分をバカにするように、ふっと笑う。
小学生の俺は、確かに他のみんなより野球が上手かった。中学の野球部でもそうだった。後輩たちから尊敬のまなざしで見られて、親は喜んで応援してくれて、坊主頭のくせに女の子からちょっとだけモテた。
だから俺はひどい勘違いをしていたのだ。
親に無理を言って、甲子園にも出場したことのある、野球の強い私立高校を受験させてもらい合格した。他のクラスの知らない生徒たちの間でも「あいつはすごい」と噂になった。
それが誇らしくて、高校生活がめちゃくちゃ楽しみだった。俺ならやれると思った。甲子園だって夢じゃないってマジで思った。
だけど知ってしまったんだ。上には上がいるってことを。この程度の実力では、この学校ではレギュラーにさえなれないってことを。
全国から集まった、百人以上いる部員の中、それでも最初の一年間は必死に努力していた。だけど俺は一年生同士の練習試合にさえ出ることができなかった。風船みたいに大きく膨らんでいた夢が、どんどんしぼんでいくのを感じた。
二年生になった頃には、もうやる気が失せてきて、周りの仲間との差がひらいていった。真面目に甲子園を目指している連中が、俺のいる世界とは違う、全く別世界の人間に見えた。
そしてみんなと同じ夢を追えなくなった自分がそこにいるのは、なんだかすごく悪いことをしている気持ちになって、俺は部活を辞めた。
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