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2
赤いネイルの指先が、加藤の持つメニューをひとつずつ指し示し、その意味を説明してくれる。
……が、加藤はまったくそれに集中できなかった。
加藤の右側に密着しているアザミが、黒いエプロン一枚を身に着けただけの卑猥な恰好であるからではない。
いや、それもある。
シンプルでなんの変哲もないような黒いエプロンが、ここまでエロティックになるのか、と驚くほどにアザミは色気の塊で、白くきめ細かな肌や隠れていない乳首の赤さが気になって、ドギマギしてしまう。
両腕にはレースのロンググローブ、足は太ももまでの網タイツにガーターベルト。布地面積だけでいえば先ほどのマツバちゃんとほとんど変わりはしないのに、マツバちゃんにはあった清純さが、このアザミには欠片も存在しなかった。
清純の代わりにあるのは、妖艶さだ。
アザミの放つ淫靡な空気は、四十歳童貞には刺激が強すぎる。
だが、加藤がアザミの説明に集中できないのは、なにもその色気にあてられているからだけではない。
アザミのハイヒールが……会長の股間を踏んでいるからだ。
加藤にしなだれかかるアザミが、ふふ……と甘い笑みを見せながら、凄艶な流し目を会長へと送った。
「こんなところをこんなに膨らませて、悪い子だね、会長」
「ああ、アザミ……もっと、もっとぐりぐりしてくれっ」
会長が興奮した口調で変態としか思えない言葉を口走った。
加藤は見てはいけないと思いつつも、横目でそれを見てしまう。
アザミの方を向いてソファに横向きに座る会長は、足を開いて、股間の上に置かれてある赤いヒールへと、自らヘコヘコと腰を動かしてさらなる刺激を求めていた。
ソファは連なっているため、振動が加藤へも伝わってくる。
「給仕によってはね、オリジナルのメニューがあるんだよ」
口元にホクロのある、赤い唇が動いて。
加藤へとねっとりと囁いてくる。
「僕の場合はね、コレ」
コレ、と言いつつアザミがぐいと足を押し出した。
おうっ、と会長が呻く。
痛くないのだろうか、と思ったが、会長の顔は恍惚としていて、加藤はそこにアザミの足業の妙を見た。
「どういうわけか、僕に踏まれたがるお客さまが多くてね」
吐息のように、アザミが笑う。
それから、髪をさらりと流して、思わせぶりな瞬きをすると、加藤を覗き込んできた。
「きみは? 僕に踏まれたいかい?」
……加藤はごくりと生唾を飲み込んだ。
アザミの視線ひとつで、股間が熱を持つ。
膨らんだそこを、アザミの手がひと撫でした。
服の上から、やんわりと掴まれただけなのに……加藤のそこが猛然と昂ぶってしまう。
「ふふ……硬い」
ペットでも撫でる仕草で、よしよしとアザミがテントの張った股間を刺激する。
そうしながら、足では会長を愛撫している。
ハァハァと会長の息が上がっている。
その会長の股座から、アザミが足を持ち上げた。
会長が失望の声を漏らすのを、唇で笑いながら、アザミがハイヒールの爪先を高く持ち上げ、会長の目の前でひらひらと動かした。
「脱がせて」
甘い毒のようだ、と、自分が言われたわけでもないのに、加藤はそう思った。
会長が興奮にぎらつく目で、アザミを見て……がばっと身を起こして恭しいまでの手付きでアザミの右足から、靴を取り去った。
黒い網タイツの、その足の甲が、優美なラインを描いている。
手の爪と同じくきれいに塗られた赤色が、足先にも透けて見えて。
アザミがその足の指で、会長の唇へ、くに、と触れた。
「どうしますか? 舐めますか?」
取ってつけたようなアザミの敬語に、会長がこくこくと頷いた。
「メニューの追加になりますよ?」
「か、構わんよっ」
「ふふ……こちらのお客さまのメニューはどうします? 会長は、すべてのメニューを注文できるVIPですから……その会長の紹介なので、今日だけ、特別にすべてをご用意できるけれど……」
そう言いながら、アザミの足が会長の顎先をくすぐるように動く。
べったりと加藤にもたれかかっているアザミが、ちら、と加藤を見上げた。
彼の口元のホクロが、淫猥に歪んだ。
「僕がこうして、初めて来た方の接客をすることは、珍しいんだよ。ねぇ、会長?」
「ああ……! まさかアザミが今日来ているとは思わなかった。いつもは個室ばっかりだからなぁ。きみ、加藤くん! きみは幸運だ! どれを頼んでもいいから、存分に満喫しなさい」
鼻の下を伸ばした会長が、辛抱たまらんとばかりにアザミの細い足首を掴んだ。
そのまま、舌を出してタイツ越しに指を舐めようとした会長へと、アザミが一度ゆるく膝を曲げ、足首に絡む会長の手をほどいた。
それから、女王様然とした動作で、会長の肩に足の裏を置いて軽く蹴ると、右手を持ち上げて指先で合図を送った。
すると、少し硬質な印象の美貌の青年(当然のように彼も卑猥なコスチュームだ)が、すらりと伸びた生足も眩しく、足早に近寄ってきた。
「アオキ。オーダーを」
「はい」
「会長は、キャンディを。こちらのお客さまは……そうだね、オススメコースでつけてくれるかい?」
「え、お、オススメ、ですか?」
アオキ、と呼ばれた子が綺麗な目を瞬かせた。
キャンディ……それは先ほど、アザミからメニューの説明を受けた際にも出て来たオプションだ。
確か、店員の全身をペロペロ舐めれる……要は全身リップとかいうサービスである。
加藤は風俗未経験の童貞だが、風俗好きの同僚から全身リップなる単語は聞き及んでいた。
しかしメニューに載っているオプションは、『客』が『従業員』に対して行えるもので、『従業員』が『客』に対して行うサービスは、淫花廓では裏メニューと呼ばれているそうだ。
たぶん、そんなふうにアザミが言っていた。
気が散って、あまりちゃんと聞けてはいないのだけれど……。
「ふふ……今日は会長の奢りだそうだから、大丈夫だよ」
「わかりました」
アオキが洗練された動きで一礼し、席を離れて行った。
そのやけに裾の短いメイド風のスカートの後ろ姿を見送って(というか、見ていたのは尻だ。アオキはお尻の形がものすごくいい。小ぶりで張りがあって、ぷるぷるしている)、加藤は怖々とメニュー欄を確認した。
店員であるアオキがひるむほどのメニューだ。
いったいいくらなのか……。
オススメ……ああ、あった。
ゼロの数が多い。一、十、百、千……加藤は途中で数えるのをやめた。
「あ、あの、や、やっぱり」
中座しよう、と決めた加藤が、それを告げる前に。
アザミの足が、改めて会長へと差し出され。
一部上場企業の製薬会社の名誉ある会長が、嬉々としてアザミの足指をしゃぶりだした。
ちゅばちゅばと、吸いつく音が生々しく聞こえてくる。
「ふふっ、くすぐったい」
とろりと笑ったアザミが、こちらを向いて、加藤の手からメニュー表を取り上げ、それを静かにテーブルへと置いた。
「喫茶店はね」
アザミの、色香を溶かし込んだかのような目が、加藤の顔を映して細められた。
「昔は風俗だったんだ。だからここでも、こんなことがゆるされているんだよ」
喉奥で笑ったアザミの、赤いネイルの手が。
ゆっくりと、加藤のスラックスのファスナーを引き下げた。
ジジジジジ。
歪んだ音を立てて開いたそこから、もっこりとした盛り上がりが顔を出す。
アザミの指が、布地の割れ目に潜り込んだ。
加藤の陰茎に、直接的な刺激が伝わって。
ぱんぱんに腫れたペニスが、勢いよく飛び出した。
「おやおや、元気な子だね」
子どもにするような言い方で、含み笑いを漏らしたアザミが、上体を倒した。
くりくりと指の腹で先端をくすぐって。
アザミの艶めいた唇が、あーんと開けられた。
会長はアザミの足をまだ熱心に舐っている。
加藤はパニックになった。
まさか。
そんな……。
狼狽とは裏腹に、びんびんに勃起した加藤のそれが。
アザミの口腔へと、ぬちゅりと咥えこまれた……。
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