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4
見られている、とアザミは思った。
見られている。
強い、視線を感じる。
背後から男に貫かれて。
胸を、前に居る男に舐められて。
腰を振って乱れる自分の姿に、視線が絡みついてくる。
会長の肩にしがみつきながら、アザミは喘ぎ声を放つ唇を、ふふ、とほころばせた。
初老の男が、赤子のように熱心にアザミの乳を吸っている。
その髪をよしよしと撫でてやると、胸の粒がさらに強く、ぢゅうっと吸われた。
「ああっ、あっ、あっ」
アザミは乳首の刺激に弱い。
というか、行為の最中は体全体が性感帯だ。
もちろん、男根を受け入れている後孔も感じる。
ガツガツと獣のように腰を振っている、加藤という男は、恐らく童貞だろう。
しかし、スキンを装着した陰茎はなかなかご立派で、長さも太さも申し分なかった。
抱かれることに慣れたアザミの孔に、ペニスを突っ込んでパンパンと腰を振っている様など、その単調な攻め方と相まって、初々しくも可愛く感じる。
「あぁ……、いいよ、上手だよ」
アザミが顔を振り向けて微笑みかけると、加藤が興奮に上気した頬で何度も頷き、がむしゃらに抜き差しを繰り返す。
もっとゆっくり、と言ったところでどうせムダだろうから、アザミは自ら腰を揺らして、感じるスポットに加藤のそれが当たるように調節した。
会長の方はこういう遊びに慣れているだけあって、さすがの舌技だ。
舌先で乳首をつつかれ、そこから鋭い快感が腰へと走る。
「ふふ……会長も、上手におっぱいが飲めてるね」
アザミの言葉に、会長が嬉しそうににまにまと笑った。
そうして2人の男に順に意識を向けながらも、アザミは時折、店の隅に置きもののように控えている巨躯の男へと目を向ける。
ブラックスーツを身に纏った男は、この喫茶『淫花廓』の護衛だ。
普段は目立たぬようにひっそりと立っているが、いざ従業員が客に危害を加えられそうになると、その屈強な肉体を武器に客を拘束し、オーナーの元へと引きずっていくのだった。
複数雇われている護衛の中でも、いつもアザミの傍に控えているあの男が一番逞しい体つきをしている。
黒いスーツの下がどうなっているのか好奇心に駆られて、アザミは一度、遊び半分に男を誘ったことがある。
僕と寝てみないかい、と。
すると男は生真面目な顔で首を横に振り、オーナーに禁じられていますから、と朴訥とした話し方でアザミを拒んだのだった。
けれど、アザミの誘いを跳ねのけたくせに、男の目は客とのプレイの間、ずっとアザミへと向けられている。
視姦されているようだ、とアザミは思った。
男の目が、蛇のようにアザミの肌の上を這っている。
熱い吐息が、アザミの唇から漏れた。
もっと見てほしい。
アザミの恥態を、余すところなく、すべて。
「ああっ、あっ、いいっ」
白い喉元を反らせて、アザミは嬌声をこぼした。
ばちゅばちゅと後孔が濡れた音を立てる。
黒いエプロンを着けて店に立つとき、アザミはいつでも客の陰茎を咥え込めるように、後孔をローションで潤している。
今日、その下準備をしたのが、あの男だ。
アザミがそう命じたからである。
男の言うとおり、護衛がキャストに手を出すことは禁じられている。
だが、こういう仕事柄、セックスが三度の飯よりも好きだというような従業員も居て、彼らはオーナーの目を盗んで護衛とも関係を持ち、その逞しい肉体を美味しくいただいたりもする。
だからアザミも、黒服の男を誘うことを殊更禁忌に思っていたわけではなかった。
男があまりにいつもアザミを見つめてくるから、ちょっと遊んでやろうと声をかけただけなのだ。
それなのに、すげなく断られたことで、逆にどうしてもあの男を屈服させたくなってしまった。
マニキュアが乾かないから自分で準備ができない、などと明らかな嘘をついて、男を控室に連れ込み、ローションのボトルを渡して、
「僕の代わりに、おまえの指でほぐしてくれないかい?」
と言って無理やりに準備を手伝わせたのだ。
男の指は、太かった。
控室のソファの肘掛けに左右の足を乗せて開脚したアザミの、その秘部へと、男のごつごつとした指が潜り込んで。
ぬちゅり、ぐちゅり、とぬめった音を立てながら後孔をほぐし始める。
スーツのジャケットを脱ぎ、軽く腕まくりした袖から覗く腕は逞しく、アザミのそれとは全然違った。
「痛く、ありませんか?」
二本の指を動かしながら、男が問うてくる。
「ふふ……痛いように、見えるかい?」
アザミは質問をし返して、ああ……と吐息を漏らした。
アザミを気遣うように動く手のやさしさとは裏腹に、男の濃い眉の下の双眸は、獲物を前にした肉食獣のような鋭さを孕んでいて。
なんだ、興奮しているんじゃないか、とアザミは思った。
「僕を抱きたいか?」
注がれる男の眼差しを心地良く感じながら、アザミは尋ねた。
男がハッとしたように目を瞠り、それから、眉を寄せたまま苦いような表情で微笑した。
返事はなかった。
抱きたい、とも、抱きたくない、とも男は言わなかった。
アザミの中を潤してゆく指は、最後まで、やさしかった。
その、黒服の男が丁寧に開いた後孔を、いま、他の男が犯している。
加藤の陰茎は、護衛の男の指とはまったく違って、自分の快楽だけを求めているような動物的な動きであった。
眼差しを壁際の男へ向けると、中空で視線が交わった。
男に見られている。
それを実感した途端に、アザミの体は、彼の指の形を思い出していた。
きゅうぅっとアザミの内側が男根へと絡みつき、奥へ奥へと引き絞った。
加藤の呻き声が耳元で聞こえた。
「うぁっ、出るっ、出るっ」
パンパンと腰を振りながら、加藤がラストスパートに入る。
アザミはごつごつとした指の感触の記憶と、乳首を弄ってくる会長の愛撫のおかげで、加藤に合わせて射精感を高めることができた。
どぴゅっ、とスキン越しに熱い液体が放たれたのを感じる。
同時にアザミも逐情した。
アザミの放ったミルクは、向かい合わせになっていた会長のスーツを汚したが、会長はそれすらもご褒美のようで、喜んでそれを舐めていた。
ずるり、と中から加藤の牡が引き出された。
精液の溜まったゴムが、べしゃりとソファの上に落ちた。
アザミはふぅと息をつくと、倦怠感の残る体をゆっくりと起こした。
手櫛で髪を整え、黒いエプロンの乱れを直して、床に転がっていた赤いハイヒールに足を突っ込んで立ち上がる。
「あっ、アザミっ」
会長が落胆した声でアザミを呼んだ。
「もう行ってしまうのか?」
「ええ。この後も予約が入っているので。会長、また遊んでくださいね」
「もちろんだ。今度はクリームパイも貰うぞ。だがおまえはなかなか予約が取れんからなぁ」
「ふふ……楽しみにしています」
流し目を会長に送ったアザミは、彼の隣で脱童貞の忘我の淵にいる加藤の方を見た。
アザミは赤い指先を加藤の顎先に滑らせると、それをくいと持ち上げた。
「淫花廓では常に、お客様にご満足いただけるメニューを取り揃えております。どうぞ、またの起こしを」
微笑みながらそう告げると、加藤がこくこくと何度も頷いた。
アザミは褒美を与えるように、男の頬を手の甲で撫で上げ、それをひらりと加藤の目の前で揺らした。
右手は、会長の顔の前に。
会長が嬉々としてアザミの手を取り、手の甲へ口づける。
それを見た加藤も、慌てたように左手をおずおずと掴んで、ちゅ、とキスを落とした。
アザミは嫣然と目を細めると、
「それでは、アザミはこれで」
と、踵を返した。
コツコツと靴音を鳴らして歩き出す。その背後から会長が、今日は自分の紹介だからオススメが頼めたが、本会員になると一番下のランクからスタートで……と、淫花廓のシステムの熱弁をしているのが聞こえてきて、アザミは思わず笑ってしまった。
加藤が会長のような熱心な上客になるのも、そう遠い未来ではないだろう。
ふと壁際に目を向けると、護衛の男の姿はなくなっていた。
アザミのプレイが終わったので、他のキャストのところへ行ったのだろう。
他のキャストも……たとえばマツバやアオキたちも、あんな情熱的な目で見ているのだろうか、と、不意にそんな疑問がわき上がってくる。
その想像は、まったく楽しくなくて……。
アザミは頭を軽く振って、浮かんだ問いを意識の中から追い出したのだった。
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