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交差点の中央に背の高い時計。上から数えて―子、丑。兄に教わったおもしろい時間の数え方で今が丑の終り頃だと分かった。暗闇の中に立つその時計は電燈の光で不気味に明るく、今にもこっちに長い緑色の手を伸ばしてきそうだった。
当時八歳の僕はひとり、生暖かい空気の音と虫たちのざわめきしかしない場所にいた。この町にしては比較的大きなその交差点は、昼間は車の絶えることのない、ブンブンズンズンした所なのだが、今は車どころか人ひとりいなかった。
時計は奇体な細長い巨人に見えて、虫たちのざわめきはデビルが川沿いの草原を掻き分けてのしのし歩きているように聞こえた。だから堪えられなくなった僕は泣いた。しゃくり泣きしてわめいた。
「とうちゃん。かあちゃん。」
でも、どこからも返事はなかった。
僕はしばらく泣きながら父と母を呼び続けた。しかし何度読んでも自分の声が三方向へ伸びる暗い交差点に消えていくばかりだった。
―僕は決心してとうとう歩きはじめた。目元と鼻はもう真赤だったが、生きなきゃという胎児の頃から持っている欲望だけを頼りに前へ前へと足を進めた。
信号はちょうどアオだった。横断歩道を渡る間は集中しているせいかちょっとだけ怖さを忘れることができた。けれども、渡り切ると今度はいっそう虫の動く音が近くなって、さらに川のうなり声まで聞こえてきて、また止まってしまった。
「とうちゃん。かあちゃん。」
でもやはり返事はなかった。
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