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大失敗
怒られた。
ものすごく怒られた。
会社始まって以来の大損害だと。
同僚の前で。
後輩の前で。
みんなの前で怒鳴られた。
僕は膝に頭がつくほどに頭を下げていながら、みんなの視線が突き刺さるのを感じていた。憐れみ、失笑、安堵──失敗したのが自分でなくて良かったという──仕事をしているフリをしながら、ちらちらと僕を見ている。
当然だ。こんな大の大人が怒鳴られる姿なんて、そうそうお目にかかるもんじゃない。
低く垂れた後頭部に罵声を浴びながら、これはもう退社して責任を取るしかないと思った。
それじゃ済まないと言われたら?
あとはもう……
どん底の気分で会社を出た。最低最悪な社員だけど、午後から4件アポが入っている。せめて、それだけでもちゃんとこなさなければ。
どん底の気分で通りを歩いた。ご丁寧に雨まで降ってきた。
もう、何もかも投げ捨ててしまおうか。
ふと自分の爪先が目に入った。黒の、くたびれた革靴。
そうだ、これは、就職が決まった時、実家の両親が送ってくれたんだ。
目頭がじんわりと熱くなり、慌てて空を仰いだ。
鉛色の空、灰色に煙る街──
そんなモノトーンの景色のなかに、一ヵ所だけ鮮やかな赤が咲いていた。何度か目をしばたたかせて、ようやくそれが傘であることに気付いた。
小さなカフェの前に佇み、時折ふっと空を見上げてはまた地面に目を落とす。その横顔を僕は知っていた。
「もしかしてカワダさん?」
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