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一人でバイクに乗って郊外へ向かう。 目に入ってくる景色は徐々に緑色が多くなってきた。 初秋の風がとても気持ちいい。 暫く走っていると目星を付けていた場所に到着した。 といっても舗装されていない恐らく農業用であろう脇道に入りバイクを降りた。 舗装されていない、そういったレベルの状態では無かった。 けもの道と呼んで差し支えのないその道は手入れが行き届いていないのか雑草が腰の付近まで伸びているところがちらほらある。 ただ、車の轍の部分はそれほどでもなくバイクを押しながら進む。 轍がある程度の広さになっていて良かった。 何とかギリギリ中型のバイクと自分は通れそうだ。 かなりでこぼこしている道なのもあってここを押さないで走るのはかなり難しい。 それにしても、あまり人が通った形跡もない。 これは期待できる思わずにやけ顔になる。 まあ、どうせ誰も見ていないのでどんな顔をしていてもかまわない。 いてもたってもいられなくなり、足早に進んで行く。 30分ほど歩くとそこに目的の物が見えてきた。 それは、崩れかけた一軒の民家だった。 「おぉ~。」 思わず感嘆の声を上げる。 俺は所謂廃墟オタクというやつで、こうやって時々廃墟に来ては一夜を明かす。 廃墟オタク仲間に言わせるとわざわざ寝袋持参で一夜を明かすのは珍しいらしい。 オカルト好きってわけじゃないんだよな?と聞かれたが別に心霊番組は嫌いではないが好きかと聞かれると別にという感じだ。 こうやって、誰もいない、ただ、人が生きていた事を感じられる所で一人で一晩過ごすという趣味だ。 おかしい、とか変と言われる事は多いが気にはしていない。 恋人もいるし、就職もして働いている。 いつもの生活に大きな不満なんて無いが、時々、本当に時々何もかも投げ出して全然違う世界に行ってしまいたいと思うのだ。 ただ、意気地なしな俺は本当に誰もいない世界に行ってしまうのは怖いのだ。 だから、こうやって廃墟に来るのかもしれない。 まあ、ただ好きなだけって事かもしれないけど。 それにしてもここはとても良い。 恐らく昭和初期に建てられたであろう建物がそのままうち捨てられており、幸いオカルトスポット等にもならなかったようで人が来た形跡もあまりない。 バイクを止め、どこかあいているところから中へ入れないか窓を一つずつ確認していく。ラッキーな事に南側にある縁側の窓から中に入る事が出来た。 ガタガタと嫌な音を立てながら窓が開く。 そっと足を床に置く。ギシリと若干のたわみのような感触がしたが、まあ行けるだろう。 そのまま中に入る。 薄暗い中にがらんどうの部屋が見える。 開け放たれた障子の骨組みの中から畳の部屋が目に映るが、畳は腐っているようでボロボロだ。 もう少し生活感が残っていれば最高だったんだが。 畳みは完全に腐ってるから、その上を歩くとさすがに危ないかと奥へと進んで行く。 この間取りだと何とか東側から奥に行ければ台所側に回れるはずだ。 探検気分で奥を目指す。 予想は的中して台所に出れた。 昭和といってもそれなりの時代に建てられたようで土間があって一気にテンションが上がる。 いい。すごくいい。この少しカビ臭くなっている空間全体の匂いも良いし、埃っぽいこの感じも堪らなくいい。 ハイテンションのまま室内の行けそうなところをくまなく回った。 外に出た時にはすでに薄暗がりになっていた。思ったより時間が経っていたらしい。 慌てて野宿の準備を始める。 といっても、まだそんなに冷える事は無いので、寝袋を出すだけだが。 コンビニで買ったおにぎりを食べながら建物の外観をぼーっと見る。 山の中腹にあるため逆方向には市街地の灯りが見える。 この隔絶された事を認識できる瞬間がたまらなく好きだと思う。 落ちかけた瓦、壁にはえはじめている苔、われたまま庭に放置されている植木鉢。 ずれ始めている窓枠、変色している柱そんな物を見ていると落ち着く。 一種異常性癖のようだと笑いがこみ上げた。 比較的マシなところを選んだとはいえ、雑草が生い茂る中無理矢理横になっている。 こりゃあ明日は虫さされが酷いなと思ったがそんな事は大した問題では無い。 寝袋にくるまり、空を見るとさすがに郊外に来ただけあって星がきれいだ。 次第に眠りに意識が落ちて行く中、瞬く星が酷く綺麗でああ、あいつと見たいと思った。 ◆ 目を覚ますとまだ薄暗かった。 案の定恐らく蚊に刺されたであろう痕が体に点在していて地味に痒い。 ムカデに噛まれなかっただけマシと思う事にいつもしている。 噛まれて、病院に行った事ありますが何か? ざっと片付けをして、メールを一通。 けもの道を引き返し、バイクにまたがる。 誰も走っていない早朝の道路を進んでいると、徐々に現世に戻っていくような錯覚に陥る。 自宅に戻って鍵を開ける。 まだ5時前だ。小さな声で「ただいま。」と言った。 「お帰り。」 そう低いが聞きとり易い声が帰ってきた。 この声を聞いた瞬間、ああ、一人の世界も良いけどこの現実の世界も捨てたもんじゃないなと漠然と思った。 了
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