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【モニタリング】魔法を見せてくれてありがとう
「いらっしゃいませっ! あっ、白夜ちゃんとお兄ちゃん!」
「お手伝いに来ていらっしゃるとオーナーから伺って遊びに来たんですよ」
川で溺れていたのを助けてもらった事件から半年後のある春の日に、その人たちはねこねこふぁんたじあにやってきた。
あの日のお礼をしたくても、二人の住んでいる場所が遠くてなかなか行けない。なんとかもう一度会って、きちんとお礼をしたいとオーナーに相談したら、こうして二人に会う機会を作ってくれた。
久しぶりに会う二人はまったく変わっていない。
にっこりと優しい笑みを浮かべている黒髪のお兄ちゃんの隣で「仕方ないからな」と言いたげな顔であたしを見つめている。
「白夜ちゃん?」
お兄ちゃんの彼女さんだろうか。ふわふわ髪をした制服姿のかわいらしいお姉ちゃんが並んでいた。
緑のタータンチェックのスカートとリボンの組み合わせの制服といえば『聖海高校』だ。お金持ちが行く学校で、将来はお医者さんやら弁護士さんになるような人ばかりらしい。
そんな学校に通うお姉ちゃんが目をぱちくりとさせて、あたしと白夜ちゃんを交互に見た。
「白夜様、そんなふうに呼ばれてるんですね」
「菜々美ちゃんにそうやって呼ばれるのは、嫌いじゃないみたいなんです」
お兄ちゃんが答えると、ぷっとお姉ちゃんは吹き出した。
白夜ちゃんが両耳をピンっと張った状態で外に向けたまま寝かせる。
通称『イカ耳』。
このしぐさをするときのねこさんたちはイライラしたり、不満を持っていたりする。
外に耳を向けることでしっかり聞こえているぞをアピールしている白夜ちゃんの前に、あたしは膝を抱えてしゃがんだ。
「菜々美のために来てくれてありがとう」
イカ耳の白夜ちゃんはフンッとそっぽを向いた。ちらりと横目であたしを見て、ゆっくりとまぶたを伏せる。
「白夜さんったら、本当に素直じゃないですね」
「ツンデレさんですね」
クスクスとお兄ちゃんとお姉ちゃんが声を殺して笑っている。
白夜ちゃんは「シャーッ」と一度大きく口を開けて威嚇した後、二人を置いていくようにスタスタと店の奥へ入っていった。
「あれでもすごく喜んでいるんですよ、白夜さん。菜々美さんのこと、あれからすごく心配していましたから。嫌なものを見せちまったって、かなりへこんでいたんですよ」
カウンターに飛び乗って、ちょこんとお座りをしてオーナーに挨拶をする白夜ちゃんを見つめながらお兄ちゃんが話す。
半年前のことは今でもときどき思い出す。
一体あの後どうなったのか。テレビに食いついてニュースを見たり、公園で亡くなった人がいないかと聞いてみたりした。
だけど結局、今もあの人のことはわからずじまいなんだ。
ただ、あの事件の後すぐに公園のねこさんたちがみんな保護されて、新しい飼い主さんの元へ行くことになった。
つらい思いをする子は神守公園からはいなくなったことは、すごくうれしいことだった。
「そっかあ。ずぅっと気にしててくれたんだね。白夜ちゃんは態度はちょっと冷たいけど、心はすっごく優しいもんね」
「わかってくれていて、とても嬉しいです」
お兄ちゃんが小さくお辞儀をした。カウンターに座った白夜ちゃんが早くしろと言いたげにこっちを見て「ウナア」と鳴いた。
「白夜様が怒ってますね」
「仕方ないですね。愛華さん、オーナーにコーラフロートを頼んでもらってもいいですか? バニラ増量で。あと愛華さんもなんでも好きなものを頼んでくださいね。いつもお掃除がんばってくれるお礼ですから」
「あっ、はい。わかりました」
お姉ちゃんがカウンターへ駆けていく。白夜ちゃんの近くに座ってオーナーに注文をするお姉ちゃんを見つめたまま、「今日ここへ来たのはひとつ教えたいことがあったからなんです」とお兄ちゃんは告げた。
「教えたいこと?」
「ええ。菜々美さんは最後に命を奪われた猫たちの姿を見たと思うんですけどね。あのとき、クロちゃんの姿を見ましたか?」
お兄ちゃんの質問にあたしは首をひねった。
人間の姿になった白夜ちゃんと出掛けた神守公園で最後に見たたくさんのねこさんの姿を思い起こす。
いろんなねこさんがいた。柄も大きさも様々だ。その中にはもちろん、黒い毛のねこさんの姿もあった。
でもどうだろう? クロちゃんは……
「見なかった……と思う。クロちゃんはあの人のことを許してたってこと?」
「許していたかまではわかりません。あの子の親も兄弟もあの人の手にかかっていましたから。でもそれ以上に、クロちゃんはあなたを守りたかったんです。息を引き取ってからもずっと、菜々美さん。あなたの傍にいるんですよ、クロちゃん」
「え?」
何度もまばたきをしてお兄ちゃんを見る。お兄ちゃんはフフッと小さくほほ笑んだ。あたしの耳に片手を添えて、「特別ですよ」とこそっと告げた。
屈めていた身を起こしたお兄ちゃんがババババッと目にもとまらぬ速さで素早く両手を動かす。同時になにか呪文のようなものを唱えた。その呪文も早すぎて、なんて言ったのかはわからない。
ただ呪文を唱え終えたとき、あたしの足にふわっとやわらかなものが触れたんだ。
急いで足元に目を向ける。黒い毛の小さな体をしたねこさんがいた。あたしの足にその小さな体をこすりつけている。
ここにいるねこさんのことは名前も特徴も全部知っている。だから、ここの子じゃないことはたしかだ。
心臓がバクバクする。
――うそ、うそ、うそ!?
「クロちゃん……!」
名前を呼ぶと、金色のまん丸の目があたしの顔を見上げた。そして「ンニャン」と短く返事をした。
――ああっ!
クロちゃんが何度も何度もあたしの足に体をこすりつけている。くるくるとあたしの周りを歩いて回る。まるで生きてそこにいるみたいに――
「お兄ちゃん……」
「はい?」
「魔法、見せてくれてありがとう!」
「小さな命を救おうと頑張ってくれた、これはちょっとしたお礼ですよ」
クロちゃんのあごの下をさすってやる。うれしそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「お兄ちゃん、あのね。菜々美ね。大きくなったら警察官になるよ! クロちゃんみたいな子がいなくなるように、悪いヤツを捕まえるから!」
「ええ。菜々美さんなら絶対にいい警察官になれると思います」
「だってあなたは優しくて強い子ですから」と言って、お兄ちゃんはくしゃくしゃっとあたしの頭をなでてくれた。
「うん!」
あたしは大きくうなずいてから、もう一度足元を見る。
クロちゃんの姿は見えなかった。魔法はもう解けちゃったんだ。
でもわかったから。ずっと一緒にいてくれることがわかったから、それでいいんだ。
「ああ、そうそう。もうひとつ」
お兄ちゃんが目を細める。
「その白いモフモフのぽんぽん。とっても似合ってますよ。白夜さんの好みにわざわざ合わせてくれて、本当にありがとう」
「こ、こちらこそ! 白夜ちゃんの好みを伝えてくれてありがとうございます」
お兄ちゃんがとてもうれしそうにフフッと笑うから、つられてあたしも笑ってしまった。よかった。ちゃんと気づいてもらえた。
「さて、なにをいただこうかな?」
お兄ちゃんがカウンターへ向かう。あたしもその後ろを追おうとして一歩を踏み出した。だけどそこで足をとめて、振り返る。
ねこねこふぁんたじあのねこさんたちに混じって、クロちゃんも楽しそうにあたしたちを見ている――そんな気がした。
「ウナア」
「はやくこっちに座れ」と催促するかのように、白夜ちゃんがこっちを向いて鳴いていた。
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