【インテーク】しろねこさんとねこねこふぁんたじあ

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【インテーク】しろねこさんとねこねこふぁんたじあ

「いたっ!」  まぶたをざらざらしたものでこすられて、思わず飛び起きた。  慌てて周りを見回すと、すぐ目の前にねこさんの顔があった。毎日あたしが飲んでいる牛乳と同じくらい白い毛をしたねこさんが透き通った水色のきれいな目で、じっとあたしを見つめている。  ハッとなる。慌ててあたしは自分の体を触った。水に濡れてない。着ている物を確認して目をみはる。  ――あたしんのじゃない!  出かけるときに着ていたコートは脱ぎ捨てた覚えがある。だけど、ふわふわセーターもジーパンもコートと一緒に脱いだ記憶はない。大人もののジャージを着ている。そっとジャージのズボンの中を確認する。 ――パンツどこ⁉︎ わけが分からない。いったいあたしになにが起こってるのか。大慌てでもう一度あたり一帯を見回す。  ――ここ、どこ!?  よくよく見れば、あたしはふかふかの柔らかい床の上にいた。毛布もかけられている。 それに部屋のあちこちにねこさんがいる。白いねこさんの後ろから心配そうにあたしを見ている灰色の毛のねこさんの名前はたしか『かぐやちゃん』だ。  その隣に寄り添うように座っている茶虎の子の額には大きな傷がある。名前は『こたろう』で、かぐやちゃんのだんなさん。  天井まで届くほど高いキャットタワーの上からこちらを伺うように見つめている長い毛の子は『サーシャちゃん』で、もうお年寄りだった気がする。  ねこさんたちの寝るベッドが部屋の隅のほうに置かれているのも見覚えがある。そこでも二匹のねこさんが丸くなって座って、あたしをじっと見ている。彼らの名前は『アンコ』と『キナコ』。兄弟猫だ。  そこから右に視線をずらす。猫グッズが収納されているカラーボックスの中にもねこさんがいる。あの子の名前はなんだっけ? 頭をひねる。ああ、そうだ。最近来たばかりの『ヤマト』だ。他にも所狭しとねこさん、ねこさん、またねこさんがいる。ということは……  ――ここ、ねこねこふぁんたじあだ!  ねこねこふぁんたじあは、お店の名前だ。ここにいるねこさんたちはみんな元々はノラネコさんたちで、保護されて連れてこられた子たちなんだ。  みんな次の飼い主さんと出会うのを待っているんだって、お母さんから教わった。だからよく知っている。  ここにだって何回もお母さんと一緒にお手伝いに来ているから、見覚えがあって当然なんだ。  だけど、どうしてあたしは今ここにいるんだろう。記憶をさかのぼる。最後の記憶は冷たい水の中のはずだったのに―― 「おや? 目が覚めたようですね」  男の人の声がして、あたしは振り返った。私とお揃いの真っ黒いジャージを着た、長身のやせた若いお兄ちゃんが立っていた。  ジャージに負けないくらい真っ黒の長い髪をひとつで結んでいる。顔はアイドルやモデルをやっていても不思議じゃないくらい整っている。  もっと簡単に言っちゃうと超がつくイケメンってこと。声も低くてしぶい。きっとすごくモテるはずだ。  だって、小学生のあたしから見たって超がつくほどのイケメンのお兄ちゃんなんだもん。  彼は両手で抱えるように長さ40cmくらいある長方形の白い箱を持って立っていた。 「お兄ちゃんが菜々美を助けてくれたの?」  あたしの質問に、お兄ちゃんは「はい」と首を縦に振って答えた。 「あっ、でも川で菜々美さんがおぼれているのを見つけたのは、そこにいる白夜さんなんですけどね」  彼はそう急いで訂正して、私の隣を指さした。指先を追って隣を見る。しろねこさんがあたしを見上げている。  あらためてじっくり見てみると、透き通った水色の目がキラキラと輝いていて、とってもきれい。顔も体もシュッとしている。手足もしっぽもすごく長い。  このねこさんの飼い主さんだと思われるイケメンのお兄ちゃんと同じく、しろねこさんもとてもイケメンでスタイル抜群だ。  この人たちが川でおぼれていたあたしを助けてくれたということは、あの子はどうなったんだろう。 「あのっ、あのっ! クロちゃんは! クロちゃんは無事ですかっ!?」  身を乗り出してお兄ちゃんに尋ねる。しかし彼は困ったようにほほ笑むだけだった。 「ダメ……だったんだ」 「ごめんなさい。助けてあげられればよかったんですが……水が冷たすぎました。白夜さんもがんばったんですけどね」  お兄ちゃんが目を伏せる。しろねこさんを見ると、目を伏せたお兄ちゃんと同じくつらそうにゆっくりと目を伏せた。 「そう……ですか」  声が尻つぼみに小さくなる。助けられなかった。遅かったんだ。あたしにもう少しだけ勇気があったなら、クロちゃんは死なずに済んだだろうに―― 「ここのオーナーさんが濡れた彼を乾かして、きれいにしてくれました。会いますか?」  そう言って、お兄ちゃんは白い箱をそっとあたしの前に差し出した。中には黒い小さなねこが横たわっていた。彼が言うとおり、濡れた毛は元通りのふわふわに戻っている。  眠っているかのように穏やかな顔をしているねこの体におずおずと手を伸ばす。そっと触れる。冷たかった。動かなかった。  そうだ。この子はもう息をしていないんだ。 「クロちゃん……ごめんっ……ひっく……」  人なつこくて、甘えん坊だった。まだ大人にもなっていなかった。人間の年で数えたら、きっとあたしとそんなに変わらない。それくらいの元気な子猫だったのに―― 「ねえ、菜々美さん。よかったら、どうして川に飛び込むことになったのか。クロちゃんが川に落ちなければならなかったのか。その理由を私に話してみませんか?」  お兄ちゃんがあたしの目線まで腰をかがめて言った。パチパチとまばたきをして彼を見る。知らない人に話をしても大丈夫だろうか。  でもあたしを川から助けてくれて、ここまで連れて来てくれた。クロちゃんも冷たい川の水から救い出してくれた。なんとかしようとしてくれた。  この人たちだったら信じて話してもいいかもしれない。 「あのね。もしもよ。もしもあたしがその理由を話したら、お兄ちゃん。あたしの力になってくれる?」  あたしに戦う力はない。だから見ていることしかできなかった。こわくて、こわくて、どうしても一歩が踏み出せなかった。  もしもあたしが大人だったら、きっと「やめろ」って言えたのに―― 「ええ。絶対に力になれると思います。だってね、そこのしろねこさんはね、菜々美さんみたいな優しい子の味方なんですから」  お兄ちゃんはにっこりと白い歯を見せて笑った。  あたしは毛づくろいをしているしろねこさんをもう一度見る。  視線に気づいたしろねこさんがピタリと動きをとめた。 「ウナア」  としろねこさんの後ろで茶虎の虎太郎が鳴く。すると、しろねこさんが面白くなさそうに目をつり上げてパアンッ!と長いしっぽで床を叩いた。 「それは俺様のセリフだって言ってますよ、虎太郎さん」  お兄ちゃんは困ったように眉を八の字にして虎太郎に話しかけた。虎太郎はびくっと震えて、そっと隣で座る灰色の毛のかぐやちゃんの後ろに顔を隠した。  どうやらしろねこさんは、ここのねこさんたちにも一目置かれているすごいねこさんらしい。 「ねえ、お兄ちゃん。もしかしてねこさんの言葉がわかるの?」 「ええ、わかります。あなたの名前もここの猫さんたちに聞いたんですよ?」 「すっごいねえ。お兄ちゃん、超能力者なんだね!」  イケメンでスタイルもいいのに、その上超能力も使えるのなら、あたしの願い事を叶えてくれるかもしれない。  ううん、かもしれないじゃない。  絶対に叶えてくれる! 「ここのねこさんたちが信じてるなら、菜々美も信じるよ」  小さな箱の中で横たわるクロちゃんを見てから、あたしは答えた。 「ウナア」  と鳴いたのはしろねこさんだった。 『それでいい』  そんなふうに言っているみたいに、あたしには聞こえた気がした。
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