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【アセスメント】ホワイトがベスト、ブルーはベター
話している途中から涙がとまらなかった。必死に言葉を探して話を続けていたから、きっとまとまっていなかったと思う。
それでもきれいな顔のお兄ちゃんはただじっとあたしの話を聞いてくれていた。ときどき大きく「うんうん」とうなずいたり、「それからどうなったの?」と言葉につまるあたしを促してくれたり。
つらくて話をとめてしまうと「大丈夫だよ。ゆっくりでいいよ」と声をかけたりしてくれたから、なんとか全部話しきることができた。
クロちゃんとのことを聞き終えたお兄さんはあたしの頭をポンポンと優しくたたいた。
「あの冷たい川によく飛び込んでくれましたね。君はとても勇気がある」
そうほめてくれたのだ。
「そ、そんなことないよ! 本当に勇気があったら、クロちゃんがあんな目に合う前に助けてたと思うもん!」
するとお兄ちゃんは「いいえ」と首を横に振ってから続けた。
「普通の人は冬の川に飛び込みません。だって自分が死んでしまうってわかるから。でも菜々美さんはそんなこと考えもせずに飛び込んだでしょう? それにね、もっとすごいのは飛び込んだことを少しも後悔していないことですよ。それどころか、クロちゃんを救えなかったことを悔やんでいる。君は本当に優しくて、勇気のある子ですよ」
「でも……!」
言いかけたとき、あたしの体になにかがスリっと触れた。触れたほうを見るとかぐやちゃんがいた。彼女が何度も何度もあたしの体に自分の頭やほっぺたを押しつけている。
「輝夜さんがね、ありがとうって言ってますよ」
かぐやちゃんの頭をなでる。彼女の柔らかな毛がとても心地いい。すると今後は腰のあたりをスルッとなでられた。
振り返ると虎太郎がいた。ううん。虎太郎だけじゃない。ここにいるねこさんたちがあたしの周りに集まってきたんだ。
「みんながね。助けようとしてくれて、本当にありがとうって」
集まってくるねこさんたちの顔を見る。みんなすごく優しい目であたしのことを見ていた。
穏やかなここのねこさんたちの仲間にもっと早くしてあげられていればきっとクロちゃんは命を落とさずに済んだのに――
「ごめんね。ごめんね、みんな」
後悔しかない。涙がどんどん溢れてきてとまらない。どんなに悔やんだところでクロちゃんは生き返らない。
それでもあの子をしあわせにしてあげたかった。小さな命の最期の瞬間に苦しい思いをさせることになったことが悲しくてやりきれない。
なのに、ねこさんたちはみんな優しかった。
あたしの涙を舐めてくれる子。
あたしの体に頭をおしつけてくる子。
みんなして「いいんだよ」って言ってくれているみたいに、いっぱい、いっぱい思いを伝えてくれている。
「ねこさんたちは害獣なんかじゃないのに……」
外にいるねこさんたちはなんにも悪いことをしていない。そりゃ、嫌いな人からしたら、そこにいるだけで目障りなのかもしれない。
だけど、人を傷つけたり、物を壊したりしない。
「お兄ちゃん。あたし、すごく悔しいよ……」
ただ一生懸命生きているだけなのに、それも許してもらえないのがすごく、すごく悔しい!
これ以上、おえつが漏れないように歯を食いしばる。そんなあたしの目の前にちょこんと座ったねこさんがいた。お兄ちゃんの飼いねこの白夜ちゃんだった。
白夜さんは前足をきちんと揃えた座り方であたしを見上げて「ウナア」と鳴いた。
「泣くな、と言ってます」
お兄ちゃんが言った。それから「白夜さんがね、伝えたいことがあると言ってます」と続けた。
「ねこさんが?」
涙で濡れる目をこすってお兄ちゃんを見る。お兄ちゃんはフッと口元を緩めてから「ええ」と力強く返答してから「白夜さんを見てくれますか?」と右手をあたしの前に座るねこさんのほうに向けた。
言われるまま、あたしは白夜ちゃんへ顔を向けた。水色の大きな2つのおめめがしっかりとあたしのことを見つめている。その目はビー玉みたいにすごく澄んでいて、とてもきれいだった。
「クロマメはしあわせだった」
「んっと……クロマメってクロちゃんのこと?」
白夜さんに尋ねると「ウナア」と返ってきた。たしかにクロちゃんは小さかった。他のねこさんと比べても体の大きな白夜ちゃんからしてみたら、クロマメと呼ばれるのも当たり前な気がする。
「クロマメはおまえのことを守れたと、うれしそうに笑って天に召されていった。だからおまえたちが受けた痛みはきっちりと、この俺様が返してやる」
「本当?」
あたしの問いかけに、白夜ちゃんはゆっくりとまばたきをした。ねこさん特有のお返事の仕方だ。
「ただし、ひとつだけ条件がある……って。小学生の女の子に条件つけるなんて、あなたはどこまでいじわるなんですか?」
呆れたように白夜ちゃんに告げるお兄ちゃんに対して、白夜ちゃんは反感を示すみたいにピタンッと床をしっぽで叩いた。
「黙れ」とでも言いたげな鋭い目でお兄ちゃんを睨みつけている。
「話は最後まで聞けって? そりゃそうですけど。いつも条件が無茶振りじゃないですか、白夜さんは」
「髪をふわふわにしろとか、ブラパン捨てろとか、ひだひだスカート穿けとか」とお兄さんはブツブツと不平をこぼした。
するとまた白夜ちゃんがピタンッと先ほどよりもしっぽを大振りにして床を打った。近くにいたねこさんたちがビクッと体を震わせて身を寄せ合う。
それもそのはず。白夜ちゃんの目からものすごい殺気が飛んでいたからだ。まるで虎ににらまれているみたいなくらい、凄みのある目力だ。
だけどお兄ちゃんはと言えば、困ったように肩をすくめるだけで気にする様子もない。むしろ涼しい顔で「どうぞ」と返事をした。
どうやら慣れっこらしい。白夜ちゃんも諦めて、再びあたしのほうに向きなおる。
「えっと、条件ですね。条件は……泣くな、だそうです。なんだ。もったいぶって言うわりには普通じゃないですか。ああ、なるほど。白夜さん、格好つけたんですね。みんなが見てるから、いつもみたいな趣味全開の条件はやめたんですねえ」
お兄ちゃんがくすくすと笑いだす。指摘を受けた白夜ちゃんはお兄ちゃんに向かって、クワッと大きな口を開けて鋭くとがった牙を見せた。
「白夜ちゃん、すごく怒っているみたいなんだけど」
「ええ、そうですね。とても怒っていらっしゃいますね」
お兄ちゃんは目じりに涙をためて笑っている。白夜ちゃんは「グルグルグル」と喉を鳴らした。完全に威嚇している。
「わかりましたよ、白夜さん。私もおふざけが過ぎましたね。ええ、今度はちゃんと真面目にやりますから」
コホンッとひとつ咳払いしてから、お兄ちゃんは真面目な顔になった。
「条件はひとつと言ったが訂正する。二つだ」
「あっ、うん」
白夜さんがツンっと澄まし顔で上を向いた。あたしは膝の上に両手を重ねて姿勢を正す。
「髪を二つに縛るならモフモフのぽんぽんをつけろ……だそうです」
と、あたしのヘアゴムを示すように、「これこれ」とお兄さんは自分の頭を指さした。
今日もあたしはツインテールにしている。急いでいたから飾りつきのヘアゴムでは縛らなかった。
なるほど。
白夜ちゃん的には髪を縛るならモフモフのぽんぽん飾りをつけてほしいんだ。
「モフモフのぽんぽんだね。わかった。今度からそうするね」
持っていないから、買ってこなくちゃいけないけど。
そんな事情を察したのか、「ごめんね」とお兄ちゃんが謝った。
「もうちょっとだけつけ加えます。ホワイトがベスト。ブルーはベターだそうです……」
困ったようにコリコリとあごを掻きながら、お兄ちゃんは遠慮がちにささやくように言ったんだ。
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