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03. 圧迫面接
「あなたがこの会社を選んだ理由は?」
機械的とも言える抑揚を欠いた声で、目の前の青年が尋ねてくる。
部屋の中には、他に六人がいるが、喋るのはこの若い男だけだ。
「社会に貢献する仕事に、自分も是非参加したかったからです」
「ずいぶん、抽象的ですねえ。えーっと、エムさん、でいいのかな」
「あ……はい」
イニシャルで呼ぶとは、攻撃的とも言える態度である。
だからと言って、エムに逆らう気は無かった。歳は青年の方がずっと若くても、選ぶのはその彼なのだから。
「参加って言っても、横で応援しているだけじゃ困るんですよ」
「承知しております。協同作業には自信がありまして、連絡を疎かにせず、皆が納得できる形で――」
「そういうことじゃないんだよな。逆だよ、逆」
「理解できるか?」と言わんばかりに、青年は彼の目を見据えて、それ以上口を開かない。
ここで「逆とは?」などと聞こうものなら、相手を怒らせるだけだ。エムは頭をフル回転させる。
「ごもっともです。時には自分がリーダーとなり、新しいアイデアを以って先へ進むことも――」
「分かってないよね?」
「成果を得る方法には、様々なアプローチがあることを――」
「適当に喋ってるよね? 馬鹿にしないで欲しいな」
「いえ、そんなつもりは……」
わざとらしく溜め息をつくと、青年は椅子の背もたれに身体を預けた。
「いるんだよ。アンタみたいな、何事にも適当な人。今まで真面目に他人の話を聞いたこと、無いでしょ?」
「今ほど真剣な瞬間はありません。是非、この熱意を分かって頂こうと――」
「それそれ。自分の話ばっかりじゃん。ボクの名前、言える?」
言えるはずがあるまい。青年は自己紹介など、一切しなかった。
言葉に窮したエムへ、勝ち誇った宣言が告げられる。
「それが証拠。アンタは自分大好きマン、周りをバカにして生きてるの」
「決してそのようなことは。人間を馬鹿にするようなことだけはするなと、きつく教えられております」
「じゃあ、生みの親って言うの? そいつらが無能か、アンタが馬鹿で理解できないかだ。あっ、両方か」
クスクスという含んだ笑いが、無機質な一室では妙に大きく響く。
これが昔懐かしい圧迫面接というものか。
「こんなんじゃ、入る気無くしちゃうな。何とか言ってよ」
半笑いのまま喋る青年を、エムは黙って眺めた。
世界的な人口減により高齢化が進み、人間の労働者は減った。機械が人の仕事を肩代わりしている内は良かったが、それも限界がある。
創造的な仕事が出来るほど人工知能は進歩せず、遂には科学の停滞、そして文明の退化を招いてしまった。
人が進歩するには、人が先導しなくてはいけない。超売り手市場は、こうして生まれ、増長した若者は就職後も甘やかされる。
それでも、だ。
こんな青年でも、社会には掛け替えの無い人材だった。
立ち上がったエムが、青年に歩み寄るのを見て、やや慌てた声が上がる。
「まさか暴力とか? そんなふざけたこと、しないよね。厳罰になるよ、若年保護法違反だ」
「…………」
「な、何か言えよ、オッサン!」
青年に手が届く位置まで来ると、早口で保護法の条文がまくし立てられた。
第八十八条、二十九才以下の人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役を重加算する。
第百二十二条、二十九才以下の者が懲役又は禁錮の言渡しを受けたときは、特別に執行が猶予される。
手を出せば重罪、若者の反撃は過剰でも実質無罪。
そんなことは百も承知のエムは、構わず青年の首に手を回す。
若者は睨みつけるだけで、逃げもしない。そういうものなのだ、これは。
首の裏にある小さな突起を押せば、強制シャットダウン。それ以上、青年は喋ることなく、他の五体と同様にリアルな人形に戻る。
就職希望者を演じた姿は、正に人間そっくりのシミュレーションだった。然しながら、それほど精妙でも、やはり人そのものでは有り得ない。
若者たちがいた時代も、もはや遠く風化するような過去の話だ。
シミュレーションでも利用しなければ、彼らの実態を知ることは出来ないが、機械では真の姿を探求することは不可能である。
答えの無いジレンマに、エムは先の若者を真似て溜め息をついてみた。
創造性、それは如何なる物がもたらすのか。
また暫く思索に耽るべく、彼は椅子の一つに腰を降ろす。
人類のいなくなった街の片隅で、M302562型は彫像のように頬杖を付いて、動きを止めた。
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