黒い贈り物

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 のっぺりした白い壁に囲まれた部屋に、同じく白く大きな丸いテーブル。二つの椅子に腰を掛けるのは、滑らかな質感のスーツを着た二人の調査員だ。  背が高く痩せぎすのカンダが、相方のロルドの前に砂糖壺を差し出す。 「ロルドは砂糖を入れすぎじゃないのか?」 「それがいいんじゃないか。あんたも入れたら、ちょっとは肉が付くぜ」  中肉中背のロルドが、いつも通りカンダの体型を皮肉って笑う。  どんな仕組みかは分からないが、凹凸の無い壁の表面には細かいライトや文字が浮かび上がり、部屋の外の状況を刻一刻と伝えている。  二人はたまにそのインジケーターを目で追うものの、現在は特に問題は発生しておらず、小一時間はゆっくりと休憩できる時間だった。 「あんたの好きなそのコーヒーだけどな」 「ん、どうかしたか?」    他に娯楽のないこの空間では、他愛の無い話でもするしか暇は潰せない。カップを口に運びつつ、カンダはちょっとした疑問を提示してみる。 「昔は砂糖なんて入れなかったらしい。甘いコーヒーなんて無かった」 「聞いたことはある。その時代に生まれなくてよかったよ」 「そんな時分に、砂糖入りコーヒーを差し出したら、果たしてコーヒーと認めてもらえたかな?」  ロルドは片眉を訝しく上げ、言葉の続きを待った。 「コーヒーをコーヒーと認めてもらうために、必要な要素はなんだ?」 「うーん……」 「苦いこと?」 「それはそうだが、今じゃほとんど苦味のないのも有るぞ。ミルクたっぷりの」  彼の言うのは、ミルクに黒砂糖と僅かなコーヒー粉を混ぜたル・ラと呼ばれる飲み物だ。本国で流行しているらしく、ロルドも何度かここで試作していた。  カンダにとっては甘過ぎて、とても付き合う気にはなれない。 「俺はそんなものをコーヒーとは思わんけどな。ロルドは範疇に入れるのか?」 「ああ、昔なら知らんが、今はル・ラも立派なコーヒーの一種だよ」 「じゃあ、甘くてもいい、と。では、香りはどうだ?」 「俺はこの香ばしい、炒った匂いが好きなんだけど……」  カップを鼻に近付け、ロルドは大袈裟に匂いを堪能するフリをする。甘い物好きでも、香りはキリッと鼻腔を刺激して欲しい。  しかし、最近はそんな彼の要望も、大衆によって否定されつつあった。カンダも彼の思い浮かべている物は耳にしている。 「知ってるぞ。フローラル・コーヒーなんてのもあるそうじゃないか」 「そうなんだ。コーヒーの匂いを嫌いな者でも飲めるように、花の香りに置き換えたやつだ」 「俺のカミさんも、コーヒーを匂わせてると、怒って近寄らせてくれないからな」  芳香剤のような匂いを放ち、ダラダラと甘い飲み物でも、世間がコーヒーと認めてしまえば従うしかないだろう。  味覚、嗅覚が判断基準になり得ないなら、残るは―― 「色かな。ミルクで白くもなるが、この色は大事だ」  ロルドの言葉に、カンダも自身のカップの液体へ目を落とした。 「まあ、そうか。他にこんな色は無いもんな。落ち着く、大人の色だ」 「様々なコーヒーが生まれてるが、色はほとんど変わらない。視覚も大事な要素なんだよ」  二人の男は、乾杯するようにカップを掲げあった。 「面倒な仕事も、こいつのおかげで少しは気が紛れる。コーヒーに感謝だ」 「そうだな。この青い飲み物に乾杯……」  調査員たちは、残る濃碧の液体を飲み干した。 「だけど、昔は色も違ったらしいぜ。真っ黒だったとか」 「よせよ、気持ち悪い」 「本当だ。そうだ、焙煎前のコーヒー豆、あっただろ」 「生のコーヒー種子か? 何をする気だ」  カンダはニヤリと笑って、午後の仕事に少しの変更を加えることを同僚に提案する。 「植物適正を確かめる種子キットを散布する時にな、コーヒー豆も試してみよう」 「おいおい、結果が分かるのは、俺らが死んだ後の話だぞ?」 「構わんさ。ひょっとしたら何百年も後に、また黒いコーヒーが生まれるかもしれん」  ロルドは楽しげな相方の目を見返す。カンダが三つ目のうち一つを閉じて、イタズラする子供のようにウインクした。 「……それも夢のある話かもな。赤道近くに蒔いてみよう。氷河の少ない場所じゃないと意味がない」 「上手く育てば、虹色のコーヒーができるかもよ」 「はっ、どうせ青さ」  惑星調査は、ハイテク機材を活用し、二人の調査員だけで遂行する僻地勤務だ。多少の遊びがあっても、不人気職の特権、誰も咎めはしないさ。  仕事の準備に掛かるカンダを横目に、ロイドは昔あったという黒い液体を再度しかめ面で想像する。  でもまあ、意外と渋くていいかもな。黒も大人向けかもしれん。  何色になったとしても楽しんでくれ、遠い星からの贈り物だ。  彼はこの星に誕生するかもしれない未来の生き物へ、心の中でエールを送ったのだった。
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