荒木尚和の追憶

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案内された座敷には、村上先生と同じ党派の議院が数人、決まった席で腰を落ち着けていた。 父は事務所へ戻り仕事をすると言って、何故か自分と春日井さんだけが残される。 当然自分は村上先生の隣に座って、周りの議員に紹介されながら、食事の席で盛り上げ役にされるわけだ。 必ず先生の紹介の最後には「この子は政治に興味がある」と付け加えられて、あたかも政治家を目指している学生を演じさせられる。 これはおそらく自分をこの世界へと進めさせるための、父が企んだ陰謀だと勝手に解釈した。 春日井さんはというと、他の議員へお酌に回っている。 そういう立ち回りが自分たち二人には最初から決まっていて、仕事だと逃げた父を恨めしく思った。 にぎわう座敷を見渡すと、まだ空席がひとつあり、全員揃っていないにも関わらず食事会は進められた。 四方から質問攻めにあい、すでに返事より愛想笑いしかできないでると、中居さんが障子戸を開けて、最後の一人を中へ通した。 自分はその人物を見て、体を硬直させる。 ライトグレーの生地にホワイトのストライプが入ったスーツを着て、ネイビーのネクタイを締めた初老の男が、すました顔で最後の空席へ腰かけた。 見覚えのあるスーツにぞくりとする。 遅れた旨を謝罪した男は、その理由を笑いながら両隣に説明していた。 村上先生と党派を同じくする議員で、中でも若手のその男は、今の保守派にはない荒々しさがあるように見えた。 控え目に笑い、軽快なトークでその場を沸かせる。自分は少し離れた席でそれを見て見ぬふりをしたが、届く低い声に身が震えた。 会議所の給湯室で、去り際に聞いた声だ。 大勢の話し声や笑い声が混同する座敷で、その男の声だけが直接耳に響くようだった。 まだ席にもつかず、お酌に回っている春日井さんに目をやる。 先程と変わらない顔をして、平然と酒を注ぎながら、どんどんとその男へと近づいていった。 ちょうど男へ順番が回って、グラスにビールを継いだときだ。 対角線上にいた自分は、対する側にいる春日井さんと目が合う。 そしてまたあの誘うよな笑みを向けられ、はっと息を呑んだ。 彼はわかっているのだ。自分がずっと、目で後を追っているのを。 それで確信する。 昨晩ゲストルームで無理やりキスをされたのは、思い違いや、酔ったせいなどではない。 わざとやったのだ。 学生であり、まだ子供の自分が、どんな反応をするか楽しんでいる。 あれはそんな笑みに見えた。 うろたえる子供を見て、どう相手をするか見定めている。 たちの悪い大人だ。 だがそれを知ってもなお、まだ春日井という男に興味を持ち続ける自分は、相当な愚か者だと、あとになってわかった。
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