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トンネルを抜けると、緑に囲まれた。
草木が生い茂り、昼間なのに薄暗く、半袖できた三間は腕をさする。車を置いてきて正解だったと思いながら、この先にあるはずの秘境に向かっていた。
事前に調べた地図と周りの地形を見比べながら進む。
思っていた以上に緑が濃い。クマよけの鈴を登山バッグだけではなくショルダーバッグにも取り付けて、額の汗を手で拭う。
人が寄りつかない秘境での取材は好きだった。気乗りしないメイクをする必要がないし、服装だってひらひらしたのではなくて、動きやすいスポーツシャツを着られる。
三間は岩を登り、一つ息を吐く。
三間が手がける記事には、ある一定のファンがついていた。それもそのはず、彼女が追いかけるものは日本の裏の姿ばかりだ。普段知らないような姿を彼女の文章で、または撮ってきた写真を通して知ることができる。
三間自身もそれを生きがいにしている。
再び地図とにらめっこをする。ポケットにいれていた方位磁石を取り出し、進むべき方角を確認して道なき道を進む。
今回は三啓山の奥地にある真っ青な池の取材であった。いくつものネットの情報とこの近辺に住む人たちの情報を頼りに大体の位置を推測した。
もちろん、全くの見当違いやそもそもそんな秘境などなかったなんてこともある。
それでも僅かな可能性を求めて飛び回るのが秘境ライターの職務である。
さっきよりも風が冷たくなってきた。
真夏の山だからといって、舐めていると痛い目に遭うことは経験上知っていた。そろそろ今日の野宿する場所をきめなければならない。
日が沈みかけてきていることがより焦燥感を漂わせている。
思っていた以上に真っ青な池まで距離があるらしい。
現在位置を確認し、野宿できそうな場所を探そうとあたりを見回しているときであった。
方位磁石は三間の手からすり落ちていった。
転がる方位磁石なんてどうでもよかった。
崖上から広がる光景は、信じがたいもので、でもちゃんと三間の目の前に広がっていた。
木造の建築物が数軒立て並び、電線のようなものもある。崖があまり高くないこともあるが、それ以上にこの集落を隠すように木々が生い茂っているため、全容がわからない。
この近辺の村や町の人たちには一通りこの山について取材を行った。それでも、こんな奥地に集落のような存在があることは誰も口にしていなかった。
三間があたりを見回すと、崖下に沿って伸びる道があった。そこには真新しい足跡がある。大きさからして子供のものだろう。
転がっていった方位磁石を拾い上げ、三間は乾いた唇を舐めた。
崖に沿って降りていくと、さっき屋根しか見えていなかった木造の家の全貌が見えた。作りはかなり古いもので、いたる所が痛んでいた。
三間はあちらこちらに視線を向ける。
この集落は不気味なほど人影がなかった。廃村みたいものかとも思ったが、さっきの子どもの足跡のことを考えるとその可能性は低いだろう。
現在時刻は腕時計で確認すると午後三時を回ったところであった。人が寝静まるにしてはまだ早いどころではない。確かに周囲は木々が生い茂っているため、あまり午後の三時という気はしないが、真っ暗というわけではない。
一つ息を吐いてから決心して声を上げる。
「すみません、誰かいませんか!」
虚しく集落に響き渡る。
目の前にある家からは物音ひとつしない。
仕方なく三間は土で作られた道を歩んでいく。小川に架かる橋を渡ると田んぼや畑があり、案山子が立っていた。
その案山子にはイヤタ村と書かれてあった。
三間はカメラを取り出し写真に収め、メモにイヤタ村と書き残す。
さらに奥に進んでいくと、石が道の両側に積まれており、数軒の家が見えてきた。どうやら、この村は縦長に広がっており、真ん中の道を中心にして左右に建物があるようであった。
三間は咄嗟に身構える。
誰かに見られているような気配を感じたのだ。
後ろを振り返る。
そこには誰もいなかった。しかし、微かに笑い声と共に子どもの声が聞こえた。
耳を澄ませる。
――鬼に見つかっちゃうよ。
声は脇道にある木の陰から聞こえた。三間はすぐさまそちらに足を向ける。方位磁石を握りしめ、額に汗を滲ませて木の陰をゆっくりとのぞき込む。
「見つかっちゃった」
見つかってケタケタと笑う男の子の姿があった。右の前歯は抜けたのか、折れたのかわからないがなかった。口角は上がっているのに、目はちっとも笑っていないところに恐怖を覚える。
「かくれんぼでもしていたの?」
三間は警戒されまいと優しい口調で語りかけた。
男の子はすぐさま首を横に振る。
「鬼を探しているんだよ」
「鬼?」
さっきも言っていたが何のことだろうかと首を傾げると男の子は突然歌いだした。
「ぼーくとそっくりな鬼さんはどこかなーどこにーに隠れているのかなー」
無表情ではあるが抑揚があり、歌いながら本当に誰かを探しているように周りをきょろきょろと見渡した。
「あっ、もう時間だ!」
男の子はこの村中に響き渡るほどの大きな声で言った。
そう言ったのも束の間、男の子は草木生い茂る道なき道へ躊躇なく走っていく。三間はただただ呆然とその行方を見守るほかならなかった。
汗は体中から噴き出ていた。
突然、息が上がっていた肩を叩かれる。三間は小さな悲鳴をあげて、体は金縛りにあったように固まる。
「この辺では見ない顔じゃの」
腰が曲がり、頭にバンダナをつけた老婆が立っていた。彼女もまた前歯がかけていた。
三間は強張った表情をすぐに崩し、笑顔を老婆に向ける。
「すみません、ちょっとびっくりして。なんか間違ってここに迷い込んじゃったみたいなんですよね」
三間は日本の隔離されている村の危険性を熟知していた。彼らは自分たちの風習や文化を持ち、同じ日本人でありながら、異文化を持つことは珍しくない。へたなことをすれば、殺されるということだってある。今はあまり刺激せずに、穏便にことを進めることが最善である。
「なんじゃ、よそ者か。それじゃあさぞかし怖い目にあったじゃないかい」
男の子の笑顔がフラッシュバックする。
「いやいや、そんなことありませよ。それより、さっき男の子が向こうの森に走っていきましたけど大丈夫ですかね」
老婆は目を細める。
「ついてきんしゃい」
老婆はそれ以上何も語らず、三間は老婆の小さな背中を追う。
さっきまで静かだったのが嘘のように人がいた。あちらこちらから「よそもんだ」と潜めて会話する声が耳に届く。
一体これほどの人たちがどこに隠れていたのだろうか。村中でかくれんぼをしているかのように姿を消していた。それが今になってみると、ごく普通の村の光景に戻っている。
まるで別世界にでも移ってきたかのように。
謎の村。三間は心の中で反芻した。
もはや青い池などどうでもよかった。三間はすっかりこの村の謎に心奪われていた。
しばらく来た道を戻っていると、見覚えのある家が見えてくる。
老婆は指をさす。
「あれがわしの家だな。もう暗くなってきたからねえ、まあ一晩くらいなら泊ってやっても構わん」
老婆の家は最初に見えた古びた家であった。
三間はどうにかしてこの村に留まる方法はないかと考えを巡らせていると、老婆は突然立ち止まる。
「いいかいあんた。明日にはこの村から出るんだ。なんせあの時間に出歩いていたんだから」
「あの時間とはなんですか?」
うっすらと差す日の光はなくなり、辺りは真っ暗になっていた。鮮明に見えていた老婆の顔がしだいに曖昧になっていく。
村の数少ない街灯が点灯する。
「鬼が出る時間。あんたも異様なことには気が付いていたんじゃないかい。みーんな三時になったら身を潜めて、ただただ時間が通り過ぎるのを待つんじゃ」
「なぜそんなこと」
これがこの村での習慣であることは明白だった。ただ、この時代において鬼と表現されるものが何になるのか気になった。
老婆は立てつけの悪い引き戸を開けながら確かに言った。
――鬼に見つかったら殺されるからねぇ。
三間は身震いした。それは恐怖に慄いたのではなく、都市伝説のような話に興奮したのである。今までは秘境と呼ばれた場所を駆け巡ってそれを記事にしてきたが、今回は大きな雑誌のホラー特集で扱ってもらえるかもしれない。
そうすれば、今まで以上に読者がつく可能性だって見えてくる。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
それに鬼の正体を知りたいという気持ちもあった。
「ばあちゃんおかえり!」
三間は不意を突かれ、思わず小さな悲鳴をあげる。まさかこの老婆に孫がいるとは思わなかったのだ。
老婆は三間のそんな様子なんて気にせず、抱きついてきた男の子の頭を撫でていた。
三間には向けられなかった優しい声で老婆は男の子に語りかける。
顔をうずめていた男の子は顔をあげた。三間はまた悲鳴をあげそうになったがどうにか堪える。
老婆に抱きついた男の子には見覚えがあったのだ。
「こんばんは、また会ったわね」
あの時と同じように優しく語りかける。
しかし、男の子の浮かべた表情は怪訝なものであった。眉間にしわが寄り、首を傾げたところで男の子は口を開く。
「お姉さんだれ?」
三間はからかわれているのだろうと思ったが、男の子の表情から偽りは伝わってこない。
老婆は目を細めて何度も男の子の頭を撫でていた。
「あれ、きみとさっき会って話した気がしたんだよね。忘れちゃったかな」
男の子の表情は相変わらず疑念をもっていた。
「この子双子なんですか?」
今度は老婆に問うた。
「この子はこの子一人だね。双子もいなければこの村にはこの子を合わせても三人の子どもしかいないよ。ましてや、瓜二つの子なんて知らないね」
老婆は穏やかな口調で語るも、言葉の端々に怒りを込めていた。触れてはいけないところに触れたのだろうと思って、三間はすぐさま自らの勘違いだったとこの件を水に流す。
老婆と楽し気に話す男の子は三間の知っている男の子とは程遠い存在だった。
*
「さあ、朝になったんだから帰んなさい」
老婆は開口一番そう告げた。
常人ならすぐにでもこの村を抜け出そうとするだろう。しかし、一度取材スイッチが入ってしまえば止められない。
言い訳はもうすでに思いついていた。
「そうしたいところなんですが、どうやら大事な指輪を昨日落としてしまったみたいなんですよね」
三間は悲しげに俯いた。
これで大体の人間は共感してくれて、なんならあるはずのない指輪を一緒に探してくれるなんてこともある。ただ、隔離されているこの村にその想いが届くかどうかは賭けだった。
老婆は表情一つ変えずに告げる。
「鬼にやられてもわしは知らないからね」
拒絶されていないのを感じて、三間はもう一歩踏み込んでいく。
「何度もおっしゃっていますが鬼というのはあの鬼ですか」
いつの間にか起きてきた男の子は三間の後ろからぴょこっと顔を出す。
「三時になったら鬼が出るんだよー。だから、絶対に家から出ちゃだめなんだって……」
男の子は三間の背中に抱きつく。
――でも、僕それを破っちゃったんだ。
三間の耳元で男の子は囁く。
背中に体温を感じているが、どことなく申し訳なさそうに話す男の子の言葉には温かみはない。
もう老婆はこちらに目も向けていなかった。
「破っちゃうとどうなるの?」
三間は老婆に聞こえないように言った。
三間の首に回していた男の子の腕の力が緩む。そして、三間の耳元にきて手でその音が漏れないように包みながら囁く。
――鬼になっちゃう。
窓ががたがたと揺れた。
瞬時に視線を窓に向けたが、そこには誰もいなかった。
男の子の言葉は、昨日のあの子を思い出させた。歪で、不安定で、まるで別世界の一部を切り取ったような男の子だった。今目の前にいるこの子とは似ても似つかない。
鬼になるか……。その言葉を反芻しながら、指輪を探すと言って三間は外に出た。
*
木々の間から零れる日は、さながらスポットライトのようで、幻想的な絵になるとカメラを構える。
スケジュール的に二、三日くらいしかこの村にいられないだろう。その間に鬼の正体をできるだけイメージしておきたかった。もちろん、偽りを混ぜたところでバレないだろうが、それをしてしまうと事実と虚構が入り交じり、リアリティがなくなってしまう。
昨日、あの子がいた木の前で足がとまる。
彼が走っていた先の森は薄暗く、草木が自由に伸びていた。あの老婆の家にいた男の子が走っていったと考えるのが自然なのだが、そうすると老婆の家で会った時の反応は演技ということになる。
おそらく、男の子は小学生で低学年くらいであろう。そんな子が、あんな演技をできるのだとしたら、それはもう十分鬼といっても過言ではないのではないか。
「おい、あんた」
突然後ろから声をかけられて体が飛び上がる。
後ろを振り返ると、雑巾でも縫い合わせたような服を纏った大柄の男が立っていた。
「なんでしょうか」
「なんでしょうかじゃないだろ! 俺んちの野菜を盗もうとしていたくせに」
あまりにも身に覚えのないことを言われて一瞬、思考が停止する。
「野菜なんてとっていませんよ」
激昂している男を煽らないように柔らかな口調で答える。
「あんたが俺の野菜をもってこっちに走ってくるのが見えたんだよ」
三間はよそ者に対する嫌がらせか何かだろうと思いながらも、あの存在が頭から離れなかった。あの男の子を見てから、その可能性もあったのだ。
「ごめんなさい。身に覚えがない話なんですけど、確かに私だったんですか。私に似た人とかだったりしません?」
嫌な予感はしていた。だって、あの子が言っていたじゃないか。三時に家で隠れていないといけないのを破っちゃったって。
男の怒りが収まらなさそうなのを見て、この規模の村なら鬼の話が行き渡っているだろう。
――私昨日の三時にこのあたりにいたんです。
風が木を揺らし、葉が擦れる音だけが聞こえていた。
*
おばあちゃんは木の陰でケタケタと笑っていた。
どうしたのって聞いても何も言わない。ただ口を大きく開けて、腹を叩きながら笑っている。
ちょっと怖くなっておばあちゃんの裾を引っ張った。それでも、笑い続けている。何がそんなに面白いのだろう。
なんとなく自分も笑ってみよう。
一緒に笑う。
そこで初めて気がついた。
この村の人たちがもう家の中で身を潜めていることを。
おばあちゃんはそれでも笑い続けている。でも、いつもの笑顔とはちょっと違う。目はどんよりとして笑っているようには見えない。
――おばあちゃんはやく隠れよう。
泣きながら何度もおばあちゃんを引っ張ろうとするがびくともしない。もう鬼が差し迫っているのではないかと、辺りを見渡す。
大丈夫まだ来ていないようだ。
再びおばあちゃんに視線を戻すと、もう笑っていなかった。ただ、急に歌い始める。
――おーにはどこだーいまーさがしにいくかーらな。
震える手をおばあちゃんの手に重ねる。温かくなかった。冬で雪遊びをしたときのように冷たかった。
急いで走った。
あれは違う。おばあちゃんではない。おばあちゃんではない何かだ。後ろを振り返ると、おばあちゃんらしき何者かが木の陰に佇んでいる。
追いかけては来ていないようだ。
でも、口が動いている。
何か言っている。
なんだろうか。
もう遠くなっていってよく見えない。
よかった家が見えてきた。
あまりの恐怖にいつもより思いっきり引き戸を開ける。
――みーつけた。
満面の笑みを浮かべるおばあちゃんらしき人物は目の前に立っていた。
*
確信めいたものはない。それでも、もう一人の自分がこの村にいる可能性は高かった。難癖つけてきた大柄な男も、三間が三時に出歩いていたと聞いて、血相を変えて逃げていったのだ。
鬼か。心の中でそう呟く。
三間は腕時計を見つめた。
すでに村の人たちは鬼から隠れる準備を始めているのだろう。三間以外の人の姿はもうなかった。廃村と言われてもおかしくないほど静かである。
午後三時。時刻はそう示していた。
風景が一変することも、嫌な気配を感じることもない。ただ、この村が静まり返るそれだけだ。
三間はゆっくりと歩む。
今日でこの村を去ろう。そして、今まであった出来事を記事にする。三間はすでにそう決めていた。
あの木が見えてきた。他の木と何ら変わらない形をしている。どこにでもあるような木だ。さすがに種類はわからないが、樹幹が丸くて、小さい子が描く木に似ている。
もう三間の耳には届いていた。
あの笑い声だ。
きっとあの木の陰にまたあの男の子がいるはずだ。
男の子は木の陰から顔を覗かせていた。そして、こちらに誘うように手招きする。
三間は唾を飲み込む。口の中の水分はなくなり、喉の奥がはりつくような緊張感があった。
「こんにちは、また会ったね」
やはり、男の子の前歯はなかった。そういえば、あの老婆の家にいた男の子はどうだっただろうか。あまり覚えていない。
笑いがぴたりと止まり、男の子は三間の顔をのぞき込む。
――今度はお姉さんが鬼だね。
男の子の声にノイズが走る。おかしい。前と様子が違う。前回も確かに異様ではあったが、敵意は感じなかった。
三間は一歩後退る。
――おーにさんーこちら、手のなる方に。
男の子は真顔で歌って、手を叩いていた。ただ、動く気配はなかった。
そう、彼は三間に向かって手を叩いていなかった。
三間は視界の端に捉えていた。何かがこちらに向かって走ってきている姿を。そして、遠くからでもわかるそのシルエットは三間がよく知っているものであった。
咄嗟に逃げなければならないと思った。
氷のように固まった足をどうにか動かし、その場から離れようとする。
男の子は手を鳴らしながら、歌っている。しだいにその歌声は村中に響き渡るほど大きなものになっていく。
三間は走った。
とにかくあの男の子が呼んでいる何者かを見てはいけない。体力には自信があった三間も肩で息をしていた。
森の中を三間は駆けていく。途中で方位磁石を落としたが、それを拾っている場合ではない。
幸いに道は三間がこの村を訪れるまでに草をなぎ倒しておいたため、迷うことなく走り続けることができた。
あれはやばい。
三間の脳裏にあの男の子が呼ぶシルエットが浮かぶ。
確実に鬼が近くまで迫っていたのだ。
最初に通ったトンネルが見えてくる。ここまで来れば、あとはトンネルを抜けて、車で戻るだけだ。
三間は安堵した。
トンネルの向こう側は光に包まれていた。
三間が乗ってきた黒の軽自動車がぼんやり見える。
よしと力を入れた三間の足がとまる。
車のほかに別の影も揺らいでいた。
三間はその影の正体を知っている。
――みーつけた。
三間は叫ぶ間もなく、自分自身にそっくりな誰かにそう言われた。
*
編集長は頭を抱えていた。
「やっぱり辞めさせるべきか」
視線の先には三間がいた。ひらひらのはでな服装に、満面の笑みを浮かべている。そして、どこかにぶつけて無くなったという前歯を見せびらかせている。
「そうですね、あの様子じゃあ何かあったんでしょう……それに」
編集長の目の前に座る男は目を細めていた。
「三時のおやつじゃなくて三時のお歌がまたくるんだな」
編集長は椅子にもたれかかり、時計の針を見つめた。
三間は三時になると歌う。
――つーぎのおーにはだーれっかな。
了
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