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まだ僕の手首を掴んだまま言った。
「おいで」
九条さんは複雑な顔をして僕の腕を引く。
身体は九条さんの方へ傾いているのに。
僕はどうしても
唯一残った征司の手を振り払うことができない。
「君には詫びたい——彼が僕を愛してしまった事をね」
九条さんはそれを察して
僕の手首を握っている征司の手をほどく。
自由になった僕は――。
僕はどうすれば良かったか。
「……部屋に戻ります」
「和樹」
「ダメ。やっぱり僕は……」
シャツを羽織り立ち尽くす2人から遠ざかる。
「今夜はもう寝るの。それで明日が来たら——」
「明日が来たらこの呪いも解けるってのか?」
そう言って先に背を向けたのは征司だった。
「ごめん、おやすみなさい……」
僕は唇だけ動かして九条さんに投げキスを送る。
「ハァ……」
部屋に戻ると今度はわき目も降らずベッドに潜りこんだ。
薫の事も気がかりだった。
しかし父の亡霊より恐ろしいものを目の当たりにして
今夜はすっかりまいっていた。
明日が来れば何かが変わるかもしれない――。
今はただそう信じて瞳を閉じた。
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