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スターエブリ号は、シリウス宇宙基地・通称"傘"で修理中だ。
なぜ傘と呼ばれているかといえば、太陽光パネルを恒星に向けた姿が傘を開いているように見えるからだ。傘が生み出した電力が、骨のように見えるケーブルを通って基地内部へと導かれる。
シリウス宇宙基地の技師たちは、そのエネルギーを使い、器具を操ってスターエブリ号の修理・改修を進めていた。
「見て下さい星見曹長。環境保護団体の抗議デモがあんなに!」
『ああ、いつものことだ』
「凄い言われようですよ。核の悪魔とか…第8艦隊は出て行けとか…」
『うちの艦隊には物騒なものがあるからな…いろいろと』
僕らはそう言いながらエンジンを眺めた。
例えば、この可変ワームホール機関。マイクロブラックホールを発生させて超光速航行する代物だ。これのおかげで人類は太陽系の外に進出することができるようになったのだが、環境保護団体にいわせれば"人工ブラックホールを発生させるなどとんでもない!”ということだろう。
彼らの言うことも尤もで、同じ空間でワープを繰り返すと空間の歪みが蓄積される副作用が指摘されている。
一等兵は、不思議そうにこちらを見た。
「そういえば、ワープを同じ場所で繰り返すと空間が歪むんですよね。最悪…どうなるんですか?」
『普通はレーザー兵器の軌道が捻じ曲げられるくらいなんだが、巨大ブラックホールが生成される怖れがあることは指摘されているな』
「マジですか…」
【星見君】
モニターに艦長の姿が映った。隣に居た一等兵は慌てて直立不動の姿勢を取る。
艦長の黒縁のメガネは光り、緊張ぎみの面持ちで切り出した。
【試運転の準備は整っているかね?】
『はい、万全です』
【うむ。あと10分で予定時間だ。何か異常が起きたらすぐに連絡してくれ】
『承知しました』
モニターが消えると、僕と一等兵は敬礼を終えた。
『一応、最終チェックをしておこう』
「はい!」
この時の10分は1分くらいに感じた。残り20秒をきったところで僕ら機関部のメンバーは配置につき、秒読みと共にイオンエンジンを見た。
5…4…手を伸ばす。3…2…指をスイッチにつける。1…0。稼働。
エンジンは眠りから覚めるようにゆっくりと出力を上げ始めた。この手のエンジンは起動に時間がかかる。この時の機関部のメンバーはただ見守る。それが稼働時の唯一にして大事な職務だ。
耳をそばだて、異音がしないか確かめる。出力30パーセント。
目は廃熱モニターに向いていた。どこのパーツにも異常は見られない。出力40パーセント。
足元にも注意を向けていた。妙な振動も感じない。出力50パーセント。
エンジン職人としての自分に聞く。異常は感じられない。出力55パーセント。
出力60パーセント。やはりGX4500はいい。これより新しいエンジンもあるが、コイツより安定性と信頼性で勝るものはない。設計から20年以上経っているのに現役で採用される理由もわかる。
『艦長、異常はありません』
【機関部の仕事はこれで終わりだ。では出力を35パーセントまで落として休…】
艦長は安心したように眼鏡を取ろうとしたが、隣に居たクルーが耳元で何かを囁いた。
【ああ、そうだそうだ…いくつかエンジンの予備パーツが届いているから受け取ってくれ。第2格納庫だ】
『直ちに!』
モニターが消えると、機関部のスタッフたちは敬礼を解いた。
『保守メンバー以外は第2格納庫に行くぞ』
「はい!」
メンバー2人が機関室に残り、僕は6人の部下と共に格納庫へと向かうことにした。
僕はエレベータに乗ると、タブレットで届いたパーツのリストを確認した。いずれも消耗しやすい部品ばかりだ。これだけの在庫を確保できれば数か月は心配しなくていい。
第2格納庫に向かうと、コンテナ置き場に人だかりができていた。
「曹長…なんですかねアレ?」
艦内に人だかりができることは決して珍しいことではない。半年ほど前に新型偵察機が配備されたときなど、まるで初詣のような人だかりができたものだ。
『新しい装備でも届いたのかな?』
背の高いクルーが人だかりの先を見たが、首を捻りながら視線を戻した。
「兵器用コンテナのようです。妙に厳重に梱包されていますが…」
「新兵器かねぇ?」
『どんな保管の仕方?』
「それが…」
確かに、武器の類は厳重に保管されるが、クルーの話ではいささか度が過ぎているように感じる。ふと、僕の脳裏に"対消滅"という単語が浮かんだ。
「どいてどいて邪魔だよ!」
やがて、警備担当が人だかりを散らし、追い払われたクルーたちは持ち場へと戻っていった。
僕は脳裏で反芻した。妙に厳重…?
人だかりが退いた時、僕の前には半透明のコンテナが安置されていた。中身がはっきりと見える。ミサイルだ。それも、どこにでもある巡行ミサイル。だが、その一言では切り捨てられない焦燥を覚えた。
すると、ミサイルは灰色の笑みを僕に向けた。
――貴方、わかる…人なの?
一体何を言っているのだ。これは幻聴か?
――誤魔化さなくてもわかるよ。ふふ…ねえ…
ゾクッと寒気が走った。この感覚は幼少期に刃物を手にした感覚に似ている。凄く自分が強く、大きくなったような、自分の内面に潜む、限りなく黒に近い僕が、頭の後ろ側から眺めているように錯覚した。
「ねえったら!」
肩を竦めて振り向くと、そこには少し青みかかった髪の女性が立っていた。エブリだ。
『ああ、何だ…エブリか…』
「何だ…じゃないよ。貴方の持ち場はここじゃないでしょ!」
そうだ、パーツを取りに来たんだった。
再びミサイルに目をやると、ガラス越しのミサイルなどどこにもなく、灰色のコンテナがリフトで運ばれていた。
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