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翌日、僕はエブリの日傘の中にいた。
シリウス宇宙基地の設備は最新鋭のため、6月にもなると突き刺すような日差しが照り付ける。熱されたアスファルトには陽炎が見え、建物や道路は目玉焼きでも作れるのではないかと思えてしまうほどの温度になっていた。
『温度設定…間違ってるんじゃないか?』
あまりの暑さに全身からどっと汗が噴き出した。エブリはというと相変わらず涼し気な顔をしたままサングラスを光らせていた。
「せっかく5日も休暇をもらえたんだから、体でも鍛えたら?」
『やだよ。いい加減積みゲーを処理したいし、読みたい本もある』
「…暇人」
エブリの言葉にトゲがあるのは薬の納入が遅れているせいだろう。あまりに遅れれば寝ずの検品作業となる。
『あれ…?』
軍港近くの広場はデモ隊の拠点となっているはずだったが、この暑さで彼らも参ってしまったようだ。僅かな小道具を残して姿を消してしまっている。
エブリは目を細めた。
「ねえ、もしかして…この温度設定って…」
『警官隊の強制執行にも屈しなかったくらいだしな…ははは』
照り付ける人工太陽は真夏の空を嫌味なほどに再現していた。さすがのエブリも汗ばみはじめている。僕は足を止めると『うわ…』と声を出した。目の前で乗用車がボンネット越しに煙を上げている。運転手と思われる肥えた男性も、顔を赤らめたままシャワーでも浴びたかのように、全身汗だくになって立ち尽くしていた。
エブリが僕に視線を向けたので首を振って返答した。僕は船のエンジンの専門家なので車のトラブルには対処できない。
どこか心苦しさが残ったが、すぐにレッカー車が到着した。要らぬ心配だったようだ。
『確か、靴が欲しかったんだよな』
「うん」
目的の靴屋はすぐ先にあった。店に入ると数人の女性店員や、冷房や、何千という靴が僕らを出迎えた。
「いらっしゃいませ」
エブリの荷物持ちとして同行したのだが、思った以上に色々な種類がある。スタイリッシュなウォーキングシューズを見かけたので、思わず一つを手に取っていた。
靴はカーボンナノチューブ製のようだ。軽く、丈夫で、柔軟性があり、錆びないため、軌道エレベーターの素材にも使われている。
「それ、かっこいい!」
エブリに目を向けると、すでに2種類の靴を手に持っていた。両方とも合成繊維で作られた靴だ。エブリは楽しそうに靴を次から次へと試着したが、やがて不思議そうに言った。
「そういえば、靴ってここ1000年くらい…素材くらいしか変わってないんだよね。何だか傘みたい」
『確かに…』
言われてみればその通りだ。靴もシャツもズボンも傘も、素材が変わったくらいで形状の変化はほとんど見られない。現にエブリ愛用の折り畳み傘も炭素繊維製で軽くて壊れにくい。
「十分進化したってことかな?」
『機能美を追及すると、どうしてもああいう形になるんだろう』
結局エブリは2種類の靴を買い、僕らは店を出た。
予想通り、熱風が僕らを待ち構えて…いなかった。むわっとした湿気を帯びたぬるい風を感じた時、防災無線が町中に響いた。
【こちらは、シリウス管理センターです。
ただいま、空調システムの不具合により、気温が異常に上昇しています。これより冷却のため人工雨を降らせますので、住民の皆様は速やかに建物内へ避難してください】
『空調の故障だったって訳か!』
「急ぎましょう」
こういう場合の雨は大抵横殴りになる。エブリの傘1本では防ぎきれない。
僕はエブリから靴を受け取ると小脇に抱えて走った。エブリもすぐ後ろを走る。靴屋から基地まで徒歩で10分ほどの距離だ。間に合うかもしれない。
商店街を進んで行くと、鼻先に何かが当たった気がした。気のせいだと思いたかったが、雨粒は細かい線となって乾いた地面に吸い込まれていく。
まずい。このままでは本降りになる。
そう思った時、通りかかった男性がこちらを見た。
「そんなところで何をしているんだ! 早くこっちに!!」
スーツ姿の男性はそう言いながら喫茶店のドアを開いた。迷ったが、すぐに嫌な音が上空から聞こえてきた。
『すみません』
喫茶店に避難すると、ザっとバケツをひっくり返すような雨が降り注いだ。
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