解散宣言

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 夜勤を終えると、外はひどい雨だった。コンビニに寄ってビニール傘を買うついでに、いつものカップラーメンよりちょっとだけ贅沢なやつを買おうとしたが、金が足りなかった。  ドラマの再放送、見るたびに同じ回なのはどうしてだろう。  朝飯とも昼飯ともつかない食事を取りながら見ているテレビでは、古い刑事ドラマの再放送がやっていて、こちらも土砂降りの中、トレンチコートを着た犯人が、数年前と同じ事件を繰り返している。  といっても、内容を詳しく覚えているわけじゃない。犯人が、ゲスト出演のこの俳優であることは確かだが、どうやって密室殺人を仕掛けたのか、まるで覚えていない。  CMが入り、カップラーメンの残りを一気にすする。スープの中に、釜の底で乾ききったご飯を突っ込み、どうにか食べられるようにならないかと、かき混ぜる。  刑事役の俳優は、ここ数年全く見かけない。二、三年前にアイドルグループのメンバーと噂になって、それからしばらくの間、干されていたなんていう話は聞いたが、今はどこで何をしているのやら。  などと、人の心配をしている場合じゃない。俺は俺で、来週の仕事をどうにかしなくてはならない。  刑事と犯人が向かい合って、いよいよ密室の種明かし、というところで、突然画面が切り替わった。軽薄なチャイムとともに、臨時ニュースを知らせるキャスターが、神妙な面持ちでニュース原稿を読む。 「臨時ニュースです。先程、官邸から報道各所にFAXが届きました。それによると、日本は、ちょうど一週間後の六月六日、解散することになりました。国民については、日本を分割領有する三国いずれかの傘下に入ることになるそうです。領有権を持つことになる国は、ザンビア、コロンビア、ボリビアです。繰り返します。ザンビア、コロンビア、ボリビアです」  どうしてそこだけ繰り返したのだろう、と思っていると、刑事ドラマが戻ってきた。犯人が傘を落として、雨の中立ち尽くしている。刑事が肩を叩くと、ゆっくり頷いて、突然現れたパトカーに乗り込んだ。シートはきっとびしょ濡れだ。  そして、種明かしのシーンは、飛ばされた。 「それにしても、どうしてあんなことしたんでしょうね」  次のカットでは傘が消え、代わりに刑事の部下が現れた。 「天才っていうのは、思いついたアイディアを実行に移さずにはいられないんだよ」  刑事と部下が、走り去っていくパトカーのランプを眺めながら、タバコを吸う。土砂降りの中、傘を持ったまま。  そういえば、この部下役の俳優は、去年、アイドルグループを卒業してソロアーティストになった女の子と、つい先日、結婚したばかりだ。アイドルと恋愛するなら卒業を待ってから、ということだ。このドラマは勉強になる。 「臨時ニュースです」  部下のアップになった瞬間、再び報道フロアが戻ってきた。キャスターの後ろで、たくさんの人が走り回っている。 「先程、報道しました、日本解散の件ですが、大変な間違いがありました。申し訳ございません。お詫びして訂正します」  それはそうだろう。日本が解散? 意味がわからない。 「三つ目の領有権は、ボリビアではなくオリビアでした。オリビアは国ではありません。オリビア・ティエルラウム氏です。あのオリビア氏が、日本の三分の一を購入したということです。繰り返します。日本の領有権は、ザンビア・コロンビア、そしてオリビア氏です」  再び、画面が切り替わると、部下役の俳優が主演の恋愛ドラマが始まったが、こちらも土砂降りだった。  カップラーメンの中に入れたご飯は、固いままだった。
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