§10

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    §10

今日は土曜日。 朝の開店の準備、といっても、シャッターを上げるくらいのもんだけど、三枚あるシャッターを全て上げきらないうちに、もう菜々子ちゃんがそこに立っていた。 「今日も、来ていい?」 「どうぞ」 居間にあがる前に、菜々子ちゃんは私立中学の入試問題を立ち読みして頭に入れる。 受験する気はないけど、もう普通の参考書じゃ物足りないんだって。 俺はとりあえずレジ台に座ってはみたものの、することはないし、したいことは出来ない。 「ちょっと、導師探してくる」 のれんをかき分けて菜々子ちゃんにそう言うと、彼女はぐっと俺をにらみ返した。 「猫なんて、自分で帰ってくるよ。それよりも、もっとやること、あるんじゃないの?」 「俺には、俺のしたいことがあるんだよ」 「したいことって、なによ」 なんかもう、言うことまでも千里や尚子に似てきた。 なんで女って、みんなこうなんだろう。 「ないしょ」 「は?」 「内緒なの」 菜々子ちゃんの舌打ちの音が聞こえる。 店を出て行こうとした俺の横を、北沢くんが通り過ぎた。 「ちーす」 彼は、ちょっと変わった、見たことの無い鞄を肩に引っかけている。 「塾に行く前に、ちょっと寄ってみただけです」 北沢くんは靴を放り投げて居間に上がると、戸棚から勝手にお菓子を取り出してほおばる。 「あ、出かけるんですか?」 もぐもぐ。 「塾まで、店番してますよ」 「ありがとう」 「ちょっと! それが大人のやること? おかしくない?」 「勉強なら、僕が教えてやるよ。それでも、いいだろ?」 「はぁ?」 「あ、和也さん、いってらっしゃ~い!」 菜々子ちゃんの怒鳴り声が外まで聞こえる。 こういう時って、男同士は簡単で分かりやすくていい。 菜々子ちゃんが勉強したいのと同じくらい、俺は、魔法使いになりたいんだ。 導師が探す、白猫がいた河原に行ってみる。 当然のように白猫も導師もいない。 俺が見ていたのは、草むらから伸びた白い前足。 「導師ー!」 風が吹いた。 「魔法使いの修行、するんじゃなかったのー!」 瞬間、強く吹いた一陣の風に、くるりと振り返る。 「お前は、魔道師の資格を有するものか?」 声の主を探す。どこにも姿が見えない。 「はいはいはいはい、そーですよぉ!」  その資格を有するものは、とっても不名誉なんだということは、この際気にしない。 「どこにいるの?」 声の聞こえる方に、足を踏み出す。 「こっちだ」 かすかに響く声に導かれて、たどり着いたのは町外れの小さな神社。 白い大きな石造りの鳥居のてっぺんに、純白の大きな猫が、吹く風にその長い体毛を揺らして座っていた。 神々しい、という言葉が、こんなにもぴったりとした猫を、俺は初めて見た。
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