§4

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    §4

千里がお腹減ったっていうから、ご飯をつくって食べた。 それから片付けをして、なんとなくクセでテレビをつける。 明日はなにをしよう、なにをすればいいんだろう。 テレビ画面の中は、とってもにぎやかで楽しそうだけど、俺には完全に無関係な世界が広がっている。 とりあえず、菜々子ちゃんちに行ってみようかな、どこにあるのか、知らないけど。 千里はのんきに鼻歌を歌いながら、風呂上がりの髪の毛を拭いていた。 「ねぇ、千里」 「なに?」 お父さんいなくて、どうだったとか、お母さんいなくなって、さみしかったとか、だけど、今さら聞くのもバカらしい。 「なんでもない」 「キンモッ!」 千里が二階にあがっていくのを、俺はなんか安心して見上げた。 またなんとなく次の日の朝が来て、なんとなく店のシャッターを上げている時だった。 ふと横に目をやると、そこには香澄が立っていた。 「まだこの本屋さん、続けてたんだ」 「うん」 俺は、なんとなくそう答える。 お腹は大きくなっていても、それ以外は俺の記憶のそのままで、こうやって香澄の方から話しかけられるのも、不思議な気がする。 「菜々子から聞いたんだけどさぁ~」 香澄は、にこにことにやにやの、中間で笑っている。 「結婚って、してないんだ」 黙ってうなずく。 「私と同い年だから、三十だよね、独身かぁー。彼女とか、つき合ってる人とか、いないの?」 俺は、黙って首を横に振る。 彼女はそれを見て、楽しそうに笑った。 「はは、そうなんだ。じゃあ、本当に本屋は、一人でやってるんだね」 そうかそうかといいながら、香澄は店の外観を見て回る。 「まぁ、悪くはないわよね」 香澄とは、中三の時に同じクラスになった。 その時には、同じクラスに彼氏がいた。 その彼はとってもいい奴で、俺はほとんどしゃべったことはなかったけど、俺にもいじわるなんて、してくるような奴じゃなかった。 クラスの人気者で、キラキラしてるタイプだった。 俺は香澄のことが好きだったけど、そいつにはかなわないって、最初から分かってたから、なにも言わなかった。 「私のこと、まだ好き?」 そんな彼女に、なぜか一度だけ告白した。 どうしてそんなことをしたのか、その時の自分の行動が、今になって考えてみても、よく分からないけど、とにかく何かのタイミングで、ふたりきりになったとき、何を思ったのか、俺は彼女に好きだと言った。 「まぁでも、あれから何年も経ってるもんね、私も今、こんなだし」 香澄は、大きなお腹を抱えて笑う。 あの時もそうだった。 彼女は、俺のシンプルな告白を聞いた校庭の隅で、何の冗談かと笑っていた。 そうなることは、簡単に想像出来たのに、よく分かっていたのに、俺はそのまま立ち上がって、黙ってその場を後にした。 彼女は、そのまま彼氏の所に走っていって、何事もなかったように、それからの日々を過ごした。 「人間、どうなるか分かんないよね~」 菜々子ちゃんは今、学校に行っている。 平日の午前中、さびれ果てた商店街に、人影はまばらすぎた。
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