ある少年の夢

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ある少年の夢

「とうぞくにでもなるか」 『私は鍵開けを習得するべきか?』 「他に派手なしょくぎょうあるか? 救助隊に入ったって、どうせ伝令部隊にはいぞくだぜ。俺、そんなのヤダな。カッコ悪いよ」 少年の肩には一羽の烏。少年の他には、烏の言葉を解するものは居ない。少年よりも年長らしい烏は落ち着いた眼差しのまま、 『しかし、友であるお前をそのような道に貶めてしまったなら、私は親父殿にもお袋殿にも申し訳が立たぬ。ジャン、他に夢は無いのか?』 「……あるけど……」 狼使いや猟犬使いのように、最前線に立って戦う、カッコいい救助隊員になりたい。だが、それは鳥使いである自分には難しい事だ。 唯一の例外がフェルナンド隊長だが、彼も迷宮捜索隊からの転属によって最底辺から必死で出世を掴んだ人なのだ。 要するに、鳥使いが救助隊員として戦いの最前線に立つ為には、猟犬使いよりも努力と才能が必要だ。 『ジャン。今日の習い所は欠席しろ』 「え? めずらしいな、お前がそんなこと言うなんて」 真面目で実直、両親の代わりの監視役と言った感じの相棒だ。読み書きを習っている習い所をサボろうと誘う事など考えられない。 『そのまま、訓練所に向かえ。今日ならば、あの方がいる筈だ』 「あの方?」 『私の憧れの鳥だ』 「へえ……まあ、お前がそう言うなら……おふくろには、お前がさそったって言うからな」 『構わぬ。飯抜き如き、耐えてみせよう』 「……俺のパン、分けてやるよ」 すると、烏は嬉しそうに軽く羽を広げた。 『フフフ、共犯と言う訳だな。ジャン、私はつくづくお前を好ましく思う』 「い、いちいち言わなくたって分かってるよ!」 ジャンの照れ隠しを烏は優しい眼差しで見守る。年頃の男の子らしく強がるが、性根は誰よりも優しく、真っ直ぐな子なのだ。 小走りに訓練所へと向かい、入り口に辿り着くが、如何なるものも絶対に通さないであろう強面の隊員がどっしりと立っていた。 「あそこ、通るのか?」 『見学したいと言え。簡単に通れる筈だ』 「う、うん……」 おそるおそる、言われた通りに「見学したい」と伝えると、険しい顔つきが急に日向の飴みたいにとろけて優しくなった。 「坊主、カラス使いなのか? 珍しいなぁ!」 「う、うん、あ、は、はい! そうです!」 「そうだな、今日の試合は見てみたいだろう。きっと坊主も気にいるぞ」 大きな手で頭を撫でてくれて、「腹が減ったら食いな」とフカフカのパンをくれた。それから試合会場までの道順を詳しく教えてくれて、ジャンは丁寧にお礼を言ってから訓練所の中を歩いて行く。 「ここが、訓練所……」 伝令係なんて格好悪いと言いつつも、憧れの場所である事に変わりない。 隅々まで埃一つ無く綺麗に掃除がされており、床も古いけれど丁寧に磨いてある。きっとしっかりした掃除婦がいるのだろうと、ジャンは一人で納得する。 (ノエルが言ってたもんな。そうじがキチンとできるのは良いメイドのあかしだって) そう言うノエルもジャンの家を取り仕切るメイドであるのだが、ジャンの家ではノエルも家族のように大切に思っている。 何しろジャンのおしめを替えた事を未だに持ち出すばあやなので、ジャンとしては母親よりも頭の上がらない人でもあるのだ。 よくよく見ると廊下の壁には掃除当番表が張り出されており、そこには生徒の名が連なっているのだが、ジャンが気付く由も無い。 会場に向かう人の群れの中には、ジャンのように生徒では無い者も含まれているようだ。着飾った娘達もそこかしこで集まって黄色い声を上げている。 「おんなは、うるさいな」 『華やか、と言うのだ。女性に面と向かってそんな事を言うものでは無い』 「分かったよ」 ジャンが烏を連れている事に、怪訝な顔をする者も居た。闇に溶けるような真っ黒な姿、割れ鐘のような恐ろしい鳴声、墓場に群れている事もある烏を死の使いとして恐れる者も多い。 「気にするなよ。お前の羽は世界一きれいな黒だし、お前の鳴き声は遠くの仲間にも危険を知らせることができる。不吉な使いなんかじゃない」 『ああ。ジャンがそう言ってくれるだけで、私は満足だ』 そう答えても相棒は少しでも人目に触れないように、そっと身を縮めた。 (俺がもっと、何でも良いからかつやくできれば、コイツだってもっと堂々としていられるのに) ジャンも相棒が気を使い過ぎないように、人の多い前列を避けて後ろの方に腰かけた。相棒のおかげで目が良いので、遠くからでも良く見える。 『始まるぞ。今日は団体戦のようだな』 「あ、クラウスさまだ!」 白銀の髪に深く青い瞳。黒い狼を連れたクラウスの姿に、ジャンだけでなく会場全体がどよめいた。 猟犬部隊の先陣に立つクラウスの堂々たる姿は、すでに狼王と名乗っても過言では無い。ジャンも思わずはしゃいで声援を送ってしまった。 「がんばって下さい、クラウスさま!」 『待て。私が見て欲しいのは、逆側だ』 「え」 逆。猟犬部隊と敵対する側の、鳥部隊の先頭に立っているのは……。 「ええ〜……だいじょうぶかよ。ヨボヨボじゃんか」 鳥部隊の先頭に立っているのは、いかにもお勉強一筋そうな、眼鏡をかけた濃い茶色の髪の男で、その肩には居眠りでもしているのか、フラフラ頭を揺らしている梟がいた。 ケバケバの羽を見る限り、若い梟ではない。
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