14人が本棚に入れています
本棚に追加
よくある回復呪文
回復呪文。
そう聞くと、ソルにはふと思い出されるできごとがあった。
連れと出会って間もないころだ。魔物との戦闘を終え、傷に薬草を貼ろうとして、何の気なしにたずねた。
『そう言や、魔導師って回復呪文はどーなんだ?』
連れはしばらく黙ると、物入れの底から一冊の本を取りだした。
――――“サルでもわかる初歩回復呪文”
『死んでも恨むなよ』
『ゴメン、やっぱいいわ』
「まあ、いろんな呪文を扱える人が多いのは事実だけどね」
苦笑して、神官がソルの傷口にかざしていた手を引いた。
木々の生い茂る街道の一角である。日が暮れるにはまだ時間があるが、重なった枝が日差しを遮り、付近を一段薄暗くしていた。
「前にも話したけど、人間全体の魔力はひどく弱まってる。例外として、先祖返りと呼ばれる人たちはケタ外れの魔力を持っているんだけど、呪文のバリエーションには欠けていて――――」
爆発が付近の木々を消し飛ばした。
二十匹近い魔物の群れが空中へ押し流され、砂となって砕け散る。
が、何匹かは爆風をこらえ、呪文の発生源である魔導師へと突進した。
「はじけろ!!」
再びの爆発が一回り広範囲を薙ぎ払う。ソルとイストは遠い目をした。
「つまり、あーゆーことだな」
「そういうことだよ」
平和だった世界に魔王が現れ、魔物が溢れかえって十数年。
幾度となく討伐隊が組まれたものの、未だ魔王を倒すには至らず、各地での被害は増加の一手を辿っている。
少しでもそれらを防ぐため、あるいはこれ以上有能な騎士を失わないために、王家は一つの通達を出した。
『魔王を倒したものには、何なりと望みの褒美を与える』
何かと物騒な各地を渡り歩くには、どのようなメンバーでパーティーを組むかが重要だ。
剣を片手に身を立てる者、呪文の一声で魔物を一掃する者。そして、彼らをサポートし、傷を癒す者。
それぞれがそれぞれの務めを果たすことで、小さな世界はおおむね平和に回っていく。
そんな、よくある世界のよくある話。
「イスト。終わったか?」
焦げ目のついた下草を踏み分けて、ローブ姿の魔導師が顔を出した。
「とりあえずだけどね。ソル、まだ痛むかい?」
「……ちょっとは」
「そりゃ良かった、傷が開くくらい動くからだよ」
「なんだよそれ」
呟いて、ソルは上着を着直した。
脇腹を貫通する刺し傷は少し前の街で負ったものだ。
縫合よりも治りが早いのが回復呪文の利点だが、あくまで魔力によって組織を繋いでいるだけで、無理な負担がかかれば傷は開く。
「っと」
ふら、とよろけた背中を魔導師が掴んだ。
「悪り、ウィザ」
「おう。そろそろマトモな宿で寝たほうがいいんじゃねえか?」
「この先に村があったはずだよ。ええと、地図は……」
「巫女さま――――! こっちこっち!!」
ガササ、と草むらの一つが揺れた。
飛びだしてきた少年がソルたちを見て目を丸くする。
「いけませんチル、もうこのあたりは魔物が出るのですから……あ」
続いて現れたのは薄いベールをかぶった少女だった。
年の頃なら15、6だろうか。背中まである茶色の髪を覆うように薄布をかけ、いびつな石を繋いだサークレットで押さえている。
切りっぱなしの長袖ワンピースはよく言えば素朴、悪く言えば素人が手縫いしたようなデザインで、どちらにせよ山を歩く格好ではない。
イストがすっと手のひらを差し出す。
「こんにちはレディ、お散歩ですか?」
「え、ええ……旅の方、ですか?」
曖昧に微笑み、巫女と呼ばれた少女が少年をかばう。
イストが困ったように笑った。
「この先の村に行きたいんだけど、道がわからなくなって。なんだっけ、マッシー……いや、モッシー……」
「モッシーニャ?」
「そう!」
くすりと笑って、少女がある方向を指す。
「うちの村でよければご案内します。着いてきて」
「ありがとう、お散歩はいいの?」
「ええ、水汲みの帰りなので」
「本当だ。持つよ、キミの手にはこっちのほうが似合いそうだ」
「えっ……」
どこからか摘んだ花を手渡すイストを眺め、ウィザが呆れた顔をする。
「あの野郎手慣れてやがるな」
「な」
少女の案内で街道を上にそれ、なだらかな上り坂を進む。
「ん?」
「どうした?」
「や、この辺がモッシーニャのはずだけど……」
言いかけて、ソルはあとに続く言葉を飲み込んだ。イストはにこやかに少女と話している。
「(今どき、村が消えるなんて珍しくねーか)」
そこから30分ほど坂を上っただろうか。少女が足を止める。
「着きました、村です」
最初に目についたのは、荷車に積まれた大量の石ころだった。鉄の混じったそれを、体格のいい男数人がどこかへと押していく。
採掘場だろうか、荷車の行き来する向こうに小ぶりな洞窟が口を開けている。
作業していた一人が少女に気付き、額を拭った。
「巫女さま!」
「巫女さま、お帰りなさい!」
そばの井戸や畑にいた村人たちも、少女の姿を見るやいなや駆け寄って来る。勢いに押されるソルたちをよそに、少女は穏やかな笑みを浮かべた。
「ただいま戻りました。変わったことはありませんでしたか?」
「――――巫女さま!!」
エプロン姿の女を抱え、血相を変えた男が走ってくる。
「頼む、うちの奴が魔物に噛みつかれちまった!」
女の右足には噛み傷があり、細い血の筋が足首まで伸びている。少女は表情を変えることなく頷き、女の足に手をかざした。
「朝の光」
柔らかな光が患部を覆い、足の傷が跡形もなく消える。
――――その瞬間、少女が眉をしかめたことに気付いたのはイストだけだった。
「おお! あんなひどい傷を一瞬で!」
「さすが巫女さま!」
「ありがたやありがたやぁ」
周囲の喝采に微笑み、少女が立ち上がる。
「明日にはいつも通り動けるでしょう」
「ありがとうございます! ……ところで、こちらの人たちは?」
「旅人さんです。ウィリアムさんの宿にご案内しようと思って」
「おお! では私が!」
「わしが!」
「あたしが!」
「いえ、みなさんのお邪魔はできませんから。……お待たせしました、こっちです」
羨望にも似た村人たちの視線が後頭部に刺さる。
ウィザが低く声を潜めた。
「ただの回復呪文じゃねえか」
「いや、普通の魔力じゃあんなに綺麗には治せないよ。……たぶん彼女は……」
少女が宿のドアをノックする。
現れた主人と二、三言話し、少女はソルたちを振り向いた。
「泊めていただけるそうです」
「ありがとう。そうだ、名前を聞いてもいいかい?」
「メディーといいます」
「じゃあメディー、さっきみたいなことはすぐにやめたほうがいい」
和やかだった空気が音を立てて固まる。
「そ……それは、あれが回復呪文だからですか?」
「平たく言えばそうだね」
「何度も説明はしています。でも、こんな田舎ではどうしても……!」
ソルはイストを見やった。が、イストはメディーから視線を外す様子はない。
メディーは動揺しているようだったが、それ以上に宿の主人がありありと憤怒の形相を浮かべている。
「それに、私はお金を取ったりしていません!」
「そういう問題じゃないよ。――――失礼」
イストがメディーの手を取り、袖を捲くり上げる。腕の内側にミミズ腫れのような真新しい傷があった。
「っ……!」
「いい加減にしろ、巫女さまに失礼だぞ!」
メディーがイストの手を振りほどく。
「……夕食の支度があるので失礼します」
「メディー」
「おい!! 泊めてやらんぞ!!」
「ウィリアムさん」
メディーがベールを透かすように微笑む。
「気にしないでください」
「――――巫女さまがああおっしゃるから泊めるんだ、ベッドがあるだけありがたいと思え!!」
勢いよく閉められたドアを眺めて、ソルは半眼で呟いた。
「あーあ」
「すまない二人とも……オレのせいで」
「お前のせいだな」
「ここの支払い持てよ」
「ちょっとはフォローしろよ!!」
ウィザがベッドに腰を下ろす。
「回復呪文と奇跡の見分けもつかねえのはどうかと思うがな……お前が心配してるのはそれじゃねえだろ」
「うん。……なんとかもう一度彼女と話してみるよ」
おやすみ、と独り言のように言ってイストが横になる。
ウィザがため息とともに肩をすくめた。
「――――だから、その話は断ったじゃないか!!」
ソルは宿の主人の声で目を覚ました。すでに時刻は昼手前だろう。窓から差し込む日差しが高い。
ソルが起き上がるよりも早く、同じように声を聞きつけたらしいイストが跳ね起きた。
「この村はわしの領地だ。文句があるのか?」
宿の主人を壁際へ追いつめるようにして、初老の男がにやにやと笑みを浮かべる。もう少し落ち着いた衣装を着て黙っていれば偉そうにも見えただろうが、金に任せて買いあさったような印象が否めない。
周囲には武装した兵士が並び、宿の一階をほぼ独占していた。
「ひいい! だ、誰かぁ! 巫女さまを呼んでくれ!」
「その必要はありません」
背後に村人の一団を引き連れ、メディーが宿に入ってくる。
「領主さま。これはなんの騒ぎですか」
「おお巫女よ、いつもの話だ。いい加減に鉄鉱山の権利書を渡してもらおう」
「何度も申し上げましたが、あれはこの村の人たち、全員の財産です」
「領主はわしだ。次から税を3倍にしてもいいんだぞ?」
「横暴だ!」
「なんだい、それらしいことは何もしないくせに!」
声を荒げる村人を片手で止め、メディーが毅然と領主を見据える。
「納めるべきお金はきちんと納めています。どこまで欲張るつもりですか?」
「そうだそうだ!」
「この金の亡者が!!」
口々に叫ぶ村人たちに、領主が眉を吊り上げる。
「多少の術が使える程度で調子に乗りおって……おい」
数人の兵士がメディーに詰め寄った。
イストが階段を駆け降り、メディーと村人を背にかばう。
「よさないか! 女性相手に大勢で!」
「なんだ貴様、見かけん顔だが?」
「旅の途中で立ち寄りました。事情は存じませんが、このような振る舞い、御心に反します!」
「神官風情がたわ言を……引っ込んでいろ!」
「待ってください話し合いを、痛っ! ちょ、ちょっと、丸腰の相手に刃物はないで―――」
――――ひゅっ!
突き込まれた鉄製の鞘が壁に穴を開けた。
掴み合いの隙間を貫いて割り込んだそれに、兵士とイストがそれぞれ後ずさる。
ソルは横目で領主を見やった。
「いい加減にしねーとうちの魔導師叩き起こすぜ。生き埋めくらいで済みゃいいけどな」
意味そのものはわからなかったのだろうが、なにかしらの危険は感じたのだろう。ソルと兵士たちを交互に見やり、領主が唇を結ぶ。
「……どうあっても権利書を渡す気はないのだな?」
メディーを筆頭に村人たちが頷く。
「分かった。引き上げだ!」
領主の号令に従い、兵士たちが宿を出ていく。踏み荒らされた宿の中で、メディーがへなりと膝を折った。
「巫女さま!」
「メディー!」
「大丈夫です。……神官さま」
と、イストを見上げる。
「……少しお話しできますか」
「――――私、みなしごだったんです」
メディーが足元の花を手折った。初夏を過ぎつつあるとはいえ、山の空気は肌に冷たい。
「両親は昔、街に出かけた帰りに崖から落ちて……身寄りのなかった私に、村のみんなは優しくしてくれた」
吹いた風にメディーが髪を押さえる。
「5年前かな……隣のおじさんが魔物に襲われて、とてもひどいケガをしたんです。回復呪文も効かなくて、お医者様も『これは絶望的だ』って。でも治せたの! だって私、私は―――」
「先祖返りだからね」
メディーは昨日と同じように目を見開いた。イストは苦笑した。
「その血に流れる魔力が失われて久しい家系に突然生まれる、強い力を持った子供。うちの魔導師くんもそうなんだよ。ほら、変わったローブを着てたのがいたろ? まあ彼は攻撃専門だから、オレの出番があって嬉しいんだけどね」
イストはメディーの傍らに膝をついた。
「少し大きな街へ行けば、先祖返りはそう珍しくないんだ。時間はかかるけど、一度きちんと呪文の扱い方を学んだほうがいいと思う」
「……それじゃダメなんです」
「え?」
メディーは眼下に広がる街道を睨みつけた。
「以前はこの下にも別の村があったんです。けど二年前、街道を作るという話が持ち上がって……反対する村の人たちを、あいつは……!」
「まさか! 自分の領地に住む人を攻撃する領主なんて……」
「記録上は魔物に襲われたことになっています。……でも…!」
メディーがきつく目をつぶって首を振る。
「みんなが強気でいられたのは、私がいればどんな傷も治せるからです。私も……村の役に立てるなら、こんな傷には構いません」
みみず腫れの残る腕を押さえて、メディーは立ち上がった。
「領主は近いうちにここを攻めてくるでしょう。だから、どうか今日のうちに山を降りてください」
そう言って微笑んだメディーの姿は、確かに巫女と呼ばれるにふさわしいものだった。
「てめえ、それでのこのこ引き下がったのか!?」
山小屋中の客がソルたちを振り返った。
ウィザが咳払いをして紅茶を置く。
「道理でこんな店で時間食わせると思ったぜ……! ソル、てめえも居たんだろ」
「元々こいつを港まで送るって話だろ」
ソルはイストを指し、逆の手でクロックムッシュをかじった。
メディーの村から山道を3分の1ほど下ったところにある、山小屋喫茶である。山を下りてきた客とこれから登る客で、店内は大いににぎわっている。
店員からオレンジジュースを受け取り、イストがため息をついた。
「一応、王都に調査依頼は送ったけど……領民からじゃなきゃ弱いだろうね」
「はぁ……! どいつもこいつも『巫女さま』の陰に隠れやがって」
「いいんじゃねえ? 実際ケガ人も出ねーだろ」
「そういう問題じゃないよ、ソル!」
イストが手のひらでテーブルを叩いた。その後ろで、店員が大量の皿を一気に運ぼうとしている。
「いいかい、そもそも回復呪文っていうのは」
がらがらがっしゃーん!
――――おいこらバイトぉぉ!
――――きゃー店長すみませぇん!
「と、いうわけで術者がケガするなんてありえないんだよ!」
「そーだなクビだな」
「何の話!? このままじゃ、メディーだけじゃなくて――――」
響き渡った砲声がイストの声をかき消した。山の頂上、村があるだろう付近から濃い煙が上がっている。
「始まった!」
イストは椅子を蹴るように立ち上がった。支払いもそこそこに山道へ走る。
「急がないと取り返しのつかないことになる!」
領主は街道の一本に砲台を配備し、そこを中心に陣を敷いているようだった。
時折上がる砲撃音の合間を縫うように指揮の声が上がり、武器を持った兵士たちが走る。
一方、村には辛うじて投石機があるようだったが、戦力の差は明らかだ。
縋るようにクワを構えた村人に、一人の兵士が剣を振り上げる。
「吹き飛べ!」
衝撃波が両名を木に叩きつけた。ウィザが苦い顔でイストを睨む。
「こんなもん話し合いじゃ片付かねぇぞ」
「分かってるよ。とにかくメディーを見つけて……」
「ウィザ!」
ソルは腰の長剣を払った。
足元から伸びてきた剣先を打ち払い、攻撃の軌道を遮るように踏み込む。
「ぐ……っ……!」
腕を抜けた衝撃が腹に響き、反動をこらえたはずのかかとが滑った。
ウィザが舌打ちして不意打ちの主を見る。
「っくっくっく……そうか、あんたが今朝言ってた魔導師か……」
へこんだ胴当てをがしゃんと鳴らし、今しがた吹き飛ばしたはずの兵士が起き上がる。
防具をつけているとはいえ、衝撃波の直撃を受けてすぐに動けるものではない。同じ呪文を食らった村人は未だに木の根もとで目を回していた。
「ここの巫女も少しはやるらしいが、領主さまの元にも回復呪文の使い手はいるんだ。詳しい原理は知らんが、奴らの呪文がこの山全体を包んでるらしくてな……」
兵士は袖を捲くって見せた。枝で擦ったらしい切り傷がほの青い光に包まれ、瞬く間に塞がっていく。見れば、周囲の兵士にも同じような光が宿っていた。
村人たちがなけなしの抵抗でつけた傷は痕も残らず、砲撃と悲鳴だけが辺りに響く。
ウィザが横目でソルを見た。
「俺が寝てる間に何言った?」
「うちの魔導師は頼りになるぜって話」
「は、そうかよ」
ウィザが兵士に体を向け、背後の二人に追い払うしぐさをする。
「魔導師くん、大ケガはさせないでね!」
「わぁってんよ」
「イスト」
「ダメ! 今度傷が開いたら縫合してもらうよ!!」
イストがソルの襟を掴み、引きずるように村の奥へ走る。
それをちらりと見て、ウィザは目元だけで苦笑した。
入り口の騒ぎに反して、村の奥に兵士の姿は見えなかった。奥へ攻め入る事よりも被害を増やすことを優先しているのだろう。
「(それでも1日保ちゃいい方だろーな)」
ソル自身は戦場での仕事を受けたことはなかったが、素人目にも籠城向きの立地とは言えない。
「引っ張んのやめてくんねえ?」
「ああ、ごめん」
イストが張りつめた面持ちで左右を見回す。
「――――巫女さま!」
ソルとイストは声の方を見た。奥まった場所にある粗末な小屋に、肩を貸されたケガ人が入っていく。
救護所代わりなのだろう。老若男女のケガ人が壁沿いに列を作り、その中央にメディーが座っていた。
「巫女さま、うちの夫が兵士に殴られて!」
「母さんが落ちてきた破片でケガを……!」
「――――やめるんだ、メディー!!」
跡がつくほどの力で腕を掴まれて、メディーが身をすくませた。周囲のケガ人たちも突然の闖入者を咎めることを忘れ、呆然とイストを見る。
イストは大きく息を切らし、僅かに指の力を緩めた。
「……ソル。簡単な手当てならできるよね。この人たちを頼む」
『任せとけ!』
などと応える義侠心があれば、今朝の時点でこの村のために立ち上がっていただろう。
だがソルが言葉を見つける前に、イストはメディーの手を引いて出て行った。
■□■□
「な、なんなんですか、こんなことしている場合じゃ……! 私のことは構わないでくださいって言って―――――!」
イストは黙ったまま足を進めた。生い茂る下草を踏み分け、今朝話をした村はずれに辿りつく。
眼下に見える街道に横広がりの軍勢が並び、領主を囲むように4人の魔導師が立っていた。その足元で巨大な魔法陣が青く光っている。
「ふっ、ははははは!! 領民どもめ、思い知ったか! これぞ我が軍の誇る無限回復の布陣よ!」
勝ち誇った領主の声が響く。イストは一歩前に踏み出し、眼下に向かって声を張り上げた。
「領主さまに申し上げます。今すぐに陣を解き、兵をお引きください!」
「神官さま!?」
メディーがイストの腕を掴んだ。
「ほう、降伏か。鉄鉱山の権利書を渡す気になったのだな?」
「それはオレが決めることではありません」
「はっ、何と生ぬるい……おい、よく聞け巫女よ! 今権利書を渡せば命だけは助けてやろう! 所詮貴様らの武器など、投石器とつるはしあたりが関の山だろう。どうするのが賢明か、子供でも分かりそうなものだがな!!」
領主の哄笑が谷間に響く。イストは口の端を噛んだ。
「それでうまくいくなら、とっくに医者なんていらないんだよ」
――――――ひゅごぉっ!!
風にあおられた炎のように、領主の魔法陣が異常な輝きを放つ。
血のように赤い光が周囲を撫でた直後、あちこちから兵士たちの悲鳴が上がった。明らかに今日負ったものではない傷口が開き、ある者は膝を付き、ある者は転げまわって悶えている。
「な……なんだ、何が起こった!?」
「“回復”呪文と呼ばれてはいるけど、実際は代謝を活性化させ、自然回復を早めているに過ぎない」
振り仰いだ領主とイストの視線がぶつかる。
「ご自慢の布陣だって? ……バカなことを! 人の体には限界があるんだ。闇雲に回復呪文を使うのは、命を削ることでしかないんだよ!」
「う……くそっ!」
舌打ちとともにきびすを返し、領主が撤退の合図を送る。
イストに手を取られたまま、メディーがへたり、と膝をついた。
「……そんな…じゃあ今まで私がしてたことは……!?」
伏せた顔を覆うようにベールが揺れる。その影からいくつもの雫が落ちた。
「メディー。知らないってことは罪じゃない。でもそれで誰かが傷つくことになるなら、知っていればよかった、ってこともあるんじゃないかな」
イストは膝を折ると、ポケットからハンカチを差し出した。
「……君がどんな気持ちでみんなのケガを治してたか、とかもね」
■□■□
その後、こまごまとした部分を語る必要はないだろう。
一夜明けて、旅支度をした村人がソルたちの前に現れた。
「みんなで話し合ってね。王都に嘆願書を出すことにしたんだ」
「申請のできる街までは遠いし、魔物が恐ろしくて尻込みしていたんだけど……メディーちゃんにばかり負担をかけてちゃいけないね」
村人たちを振り返り、村長だという老人が困ったように笑う。その中にはベールを取ったメディーの姿もあった。
「キミも行くのかい?」
「はい。街で呪文の扱いを学んで……またこの村に帰ってきます」
ケガを負った村人たちも、体調が整い次第ふもとの町へ避難するという。
「目的の街まで一週間、呪文基礎なら二、三ヶ月ってとこかな。あの領主もしばらくは攻めて来られないだろうしね」
「呪文基礎な……ウィザ、お前は?」
「とっくに済ませてんよ。あんなもん馬車免許と一緒だ」
「ふーん?」
イストが苦笑する。
「本来は魔力に慣れない見習いが通うんだけど、先祖返りは本能的に呪文を扱える分、我流の変なクセがつきやすいんだ。それを直す意味が大きいかな」
「へェ~~~~キレイに直ってんのねぇ」
「るせえ」
ちらほらと住処を後にする村人たちに混ざり、ソルたちもまた街道へと出る。
「魔導師くん、忘れ物は?」
「ねぇよ。つーか、その呼び方いい加減どうにかならねぇか?」
「じゃあ、ウィザ?」
「おう」
村の入り口に積まれていた石は砲撃で散り、広く間口が開かれている。
破壊された村はどこか奇妙な均衡を保ったまま、住民たちの出立を見送っているようだった。
end.
最初のコメントを投稿しよう!