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はじまり、はじまり
「今日は指切りの話をしたいと思います! 」
友人の美羽がやや興奮気味に言う。いつもより気合が入っている様子から新作を仕入れてきたのかなとあたりを付ける。
電気を付けていない、西日が入る教室にカラスの泣き声が響く。私達二人しかいない教室でやけに伸びる影が不気味さを助長する。
「瑞葉も指切りやったことあるでしょ? 」
「あー、小学生の時とかよくやったよね。『指切った』って言うやつでしょ。『一生のお願い』と同じ位には連発されてた気がする……」
「それそれ。でもね、指切りってやっても十回が限界なんだよね」
今日はそんなお話、といって口角を上げて笑う。
そうして始まる少し怖くて悲しい物語。遊女と哀れな男の話が美羽の透き通る綺麗な声で語られる。
やっぱりオカルト話は素敵だ。握っている手に力が入り、身を乗り出して話を聴く。目の前にその情景があるかのように物語にのめり込んでいく。
異世界ものとか、ゾンビものはきっと私が生きているときには実現してくれないし、夢物語で終わってしまう。けど、オカルト話は日常の延長線上の非日常。可能性のあるファンタジー。もしかしたら、という思いを持ちながら楽しむことが出来きる優しさがある。
「かくして、男の一家は祟られ、男自身は焼ける炎の中に女の姿を見て微笑みながら死にましたとさ。めでたし、めでたし」
全てを語り終えて、スッキリとした顔をした美羽と反対にやや興奮気味な私。
「やっぱり、美羽は話すの上手いよね。今日も楽しかった! 」
「あら、もっと褒めていいのよ。こちとら、新作仕入れるのにも作るのにも苦労してるんだから」
「毎度ありがとうございます。今度、タピかシェイクおごります」
頭を下げて、両手を合わせるようにして美羽を拝み倒す。美羽からの供給が途絶えると栄養不足で私が死ぬ。
それからいつものように感想を言って、他愛もない話をして、中学最後の日が終わった。
美羽と私は幼馴染で、幼稚園の頃から二人で一緒に行動している大親友。いつの間にか勉強の出来には大きな隔たりが出来ていたけど、それはそれ。
中学一年の時、私がオカルトにドはまりし出した頃、美羽は放送局で朗読の大会の代表に選ばれ、とにかく私に朗読を聴かせることにはまっていた。そんな需要と供給が奇跡的に噛み合ったおかげでオカルトな話には飢えないで過ごしている。
そんなことをしている間に、いつの間にか、中学三年になり受験が目の前に迫っていた。成績に差があったから同じ高校は難しいだろうと担任や親に散々言われ、私は私立専願で豊川大学附属豊川高等学校を受験した。
対して、美羽は住んでいる地域で一番頭の良い公立高校で、倍率がかなり高い所を受験し、滑り止めで私と同じ所を受験した。美羽は模試でも公立高校でB判定は出していたから、先生達は、美羽は大丈夫だと思っていたらしい。
結果は、私と同じ高校になった。そのことに、学校の先生方は大層驚いたようで、私は何故か先生達に呼び出され、美羽の調子を狂わせるような余計な事を言ったのではないかと疑いをかけられた。
何も言っていないことを納得してもらえるのに二時間以上かかり、お門違いかもしれないけど美羽に若干イラつく位には疲れた。
その後、美羽から公立高校に行く気が無かったから試験の途中で寝ていたことを言われた。私はあらぬ疑いをかけられたことも恨みがましく美羽に言ったが、ケラケラと笑われて終わった。
まぁ、美羽も先生から行きたくない学校を受けさせられた時点で可哀そうではあったから、しょうがないかなという気持ちの方が大きかった。
そんなこんなで同じ高校に入り、これから最低三年間、最高七年間一緒になることが確定した。
初登校の日、少し緊張した顔でクラス発表の紙から自分の名前を探す。目の前に背の高い男子が立っているから余計に探し難い。
「名前見つかった? 」
「今、探してるとこ。あっ、瑞葉の名前見つけた」
美羽が名前を見つけてくれた部分を確認すると、1-3に名前があった。おかしいな、さっき探した気がするんだけどな。ついでに、美羽の名前も直ぐに見つかった。
「これで、一年間は確定同じクラスだね~」
クラスで知っている人がいるのは心強いし、美羽からの供給が途絶える可能性を心配していた私にとってはありがたい事だ。
「美羽は、また放送局入るの? 確かここも放送強いんでしょ」
「まだ悩んでるかなぁ。中学の時、アナウンスやってるのは楽しかったけど人間関係最悪だったし、家に帰るの遅くなるしでそこまで楽しくなかったからさ。アナウンスだけやらせてくれるんだったら考えるけど……」
それは無理でしょ、などと雑多に話している内に教室についた。
教室内は独特な緊張感がある。小学校の頃からこの雰囲気が少し苦手だ。
兎に角、大人しくして面倒な人から目を付けられないようにしようとするタイプと最初から色々な人に話しかけて友好関係を広げようとするタイプ、中学の時に仲良くしていたわけじゃないけど同じ中学というだけでグループを作り出すタイプなどなどなど。
チラッと美羽の方を見るとニヤニヤと笑っている。こいつ、私がこの雰囲気苦手なの知ってて面白がってるな。
二人で教室に入って、自分の席に座る。机の上に置いてあるプリント類に大まかに目を通して、興味のあるものだけを残してクリアファイルに仕舞う。
残したプリントは、ワードのテンプレートを使って作りました、と主張するようなセンスのないもの。ただ、確認しなければいけないのは内容だ。私にとってはこの高校を選んだ決定打になった制度と言っても過言ではない。
『高校生の大学サークル参加についての制度及び規則について』と堅苦しいタイトルが降ってあるが、つまりは高校生も大学のサークルに参加できるけど、決まりがありますよってこと。成績が下位十位以内に入った際は本人の意思関係なく強制退部となることや、正式の部員ではなく準部員という扱いになること。新歓コンパなどお酒が入るような集まりには参加できないというもの。そして、最後は、高校生は高校の部活に参加するのが望ましいが、求める活動が大学にのみある場合はその限りではない、だそうだ。
私が行きたいものは大学にしかないので、最後の文言は大丈夫だろう。問題は成績だけど美羽と比べて良くなかっただけで、中間層にはいたからたぶん大丈夫だと思う。
「大学のサークル入るの? 」
前から急に話しかけられた。驚いてプリントから顔を上げると髪をツインテールした子が手元を覗き込んでいた。
「あっ、急に話しかけてごめんね。鞄取ろうとしたら見えちゃって気になったから、つい話しかけちゃった」
おそらく鞄の中からメモ帳を取りたかったのだろう。左手でメモ帳を持って、器用に右手だけで鞄のファスナーを閉めている。
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと気になってる所があるからどうしようかなぁって考えてた」
「そうなんだ、自己紹介まだだったね。私、栗林 桃。稲発中だよ」
「小林 瑞葉です。よろしくね。茅仲中だよ。稲発ってサッカー強かったよね! 男子がトーナメントで稲発と当たって勝てるわけないって吠えてたの思い出すな」
「強かったのサッカー位だよ。私、陸上やってたけど負けちゃってたもん。茅仲っていったら放送局じゃない? 友達に放送の子いたんだけど、アナウンス部門で最優秀のいたよね。声が凄く綺麗でアナウンスが凄く上手かったってことしか聞いてないんだけど、きっと美人か可愛いんだろうなぁ」
栗林さんは声が綺麗というから、どんな顔なのかを想像しているようで、楽しそうに話している。
だ、そうですよ。と思いながら美羽の方に視線を向けると口をへの字に曲げて不機嫌そうにしている美羽がこっちを向いていた。
美羽はアナウンスの事と自分の容姿を関連付けられるのが本当に嫌いなので、しょうがないとは思う。
私から見れば美羽は美人さんなんだけど、過去に「見た目が良いから賞取れたんだ」といういちゃもんを放送局の子に言われたらしい。それ以来、この手の話を毛嫌いするようになった。
その場は、美羽の話は適当に誤魔化しておいたのでこれ以上、美羽の機嫌が悪くはならないだろう。……ならないと良いなぁ。
さて、この大学には高校生が大学のサークルに参加できる制度がある。
元々は大学と高校で完全に分けていたらしいけど、同じ敷地にある上に先輩・後輩の繋がりとかで高校生が大学のサークルにも顔を出すようになり、その人数も多かったものだから規制するのも面倒だから公認にしてしまえ、という事でこの制度ができたらしい。
そもそも、高校の方は大会なり発表会なりで自分の成長を発表する場がなければ部活動を認めないという制限がある。
ただ楽しみたいという生徒達からは、入りたい部活が少ないという不満があり、規制が緩く楽しいものが多い大学のサークルに参加したがったという経緯もあるらしい。ブログで得た知識なので詳しくは分からない。
なぜ、私が制度の設立を知っているかというと、よく見るブログの人が豊川大学に在籍しているからだ。そして、この制度がある、この高校を選んだかというと豊川大学には、その界隈には知名度があるオカルト部があるからだ。
ブログによると豊川大学のサークルは全体的に附属高校の生徒の参加も歓迎しているとは書いてあった。オカルト部がどうか分からないけど、兎に角、行ってみるしかない。
帰りのホームルームが終わってすぐに荷物をまとめて席を立った。オカルト部はそこそこのんびりしているそうなので、そこまで急がなくても良いんだけど緊張することは早く済ませてしまいたい。
「瑞葉ちゃんは部活の見学とか行くの? 」
「私は大学のサークルの方の見学に行くんだ。桃ちゃんは高校の方見るの? 」
「やっぱり陸上楽しかったし、またやっても良いかなぁって。成績悪いから断られるかもしれないけど」
鞄を持って立ち上がると桃ちゃんが話しかける。桃ちゃんは陸上の成績がそこまで良くなかったらしく、迷うような素振りを見せる。
見た感じ、桃ちゃんの知り合いはクラスの中にいないようなので、陸上の見学を一緒に行ってくれる人を探しているんだろうとは思う。
「桃ちゃん走ってる姿見てみたいかも。絶対カッコ良さそうだし」
そんなことないよ、と答えてから、瑞葉ちゃんももし良かったら、と言葉が続く。
これ、断るの今後の付き合い考えたら無理じゃない? と遠い目をしそうになる。気持ちがわかる分、断りづらい、でも私は早い所サークルの見学に行きたい。
誰か桃ちゃんと一緒に部活見にいってくれる人現れてくれないかな? なんて思考が現実逃避を始めた時、美羽は鞄を持ってこっちに来た。
「お話中にすいません。ドアの前にいる人、栗林さんの知り合いですか? 話かけにくそうにしてたので」
と言いながら前のドアの方を指さすと、ショートカットで体格がしっかりしている女子が所在なさげに立っている。
美羽の言葉に、桃ちゃんが振り向くと、「めちゃくちゃ嬉しい」と全力で表すような表情をして、ひなちゃん、と名前を呼びながらドアの方に駆け寄っていった。
「桃ちゃん、部活の見学一緒に行けそうな人見つかったかな? 」
「あの子、中体連で二位か三位だった人だと思う。中距離走だったかな? でも彼女、稲発じゃなかったと思う」
「小学校一緒だったのかもねぇ」
鞄を持ち直して、桃ちゃんに声をかけてから教室を出る。二人で楽しそうに話してた。体育の授業が少しだけ楽しみになった。
美羽と二人で当たり前のように玄関まで来てしまったが、確認しなければいけない事を思い出した。
「美羽は部活の見学しなくていいの? 」
「えっ、瑞葉これからオカルト部の見学行くんじゃないの? 今日は帰る予定だった?」
いえ、これから大学の敷地に入ってサークル棟を目指し、見学に行く予定ですよ。
「私はそうするけど、美羽はどうするの? 高校の方の部活、見学しなくて良いの? 」
そう訊くと、美羽は視線を逸らして、あーとか、うーとか言う。
「放送部の人に見学来てね、みたいに声かけられたけど入る気ないから笑って誤魔化した。だって行きたいくないもん、半強制的に無理矢理入れられんの目に見えてんじゃん。ドロドロした人間関係に関わりたくないし、地声いじられんのも面倒なの!」
後半部分を一息で言える辺り流石の肺活量。途中、叫びに近い言い方もしているから、合唱部もびっくりだ。
余談だけど、美羽はアナウンスの時は少し低めなアルトのお姉さんって感じで声を出すけど、地声はソプラノで結構可愛い声だ。本人が嫌がるから言わないけど。そこ声について、中学の時に男女問わずいじられ、泣いていた。
美羽もある程度は笑って流していたけど、加減が分かっていない人は自分の発言で人に嫌な思いをさせている事自体に気付けないらしい。
「でも、私見学行くの一か所だけだし、美羽は興味ないかもよ。それでも良いの? 」
「行くのってオカルト部でしょ。あそこのネットで上げてる報告書結構読んでたし、なんならオカルト話作るのにネタにしてたし」
だから何にも困りませんのよ、と言いつつ靴を履き替える。
美羽がオカルト部を知っていた事自体に驚いた。もしかしたら、私の行動自体が単純すぎて読まれているのかもしれない。
玄関を出ると運動部が走り込みをする音や吹奏楽の演奏が聞こえてくる。
初めて尽くしで心配だけど、大学の敷地の方へ足を向けた。
サークル棟は大学の他の施設に比べると少し古い建物だった。
高校と大学のそれぞれの敷地を繋ぐ道は一つしかないため、そこの向かうと大学のサークルの人が列を作って待っていた。
サッカー、野球、バレーなど高校にもあるものから、祭り研究会、創作映画同好会、演劇サークルなどなど。敷地に入った瞬間に声をかけられる。
「どこ見学するか決まってる? 決まってなかったらウチ見学してきなよ。お菓子あるからさ」
「高校の部活、面白そうなの無いだろ。一緒に映画作ろう。楽しいよ、脚本も役者もカメラも好きなのできるよ」
結構な人数の人に一気に話しかけられて、美羽と二人そろって後ずさる。
なんというか、熱意が凄い。大学の方は、高校からのエスカレーターとは別に入試で入る人もいるはずなのに、全力で勧誘してくる。
「おいおいおい、新入生の子、後ずさってるぞ。どこのサークルとかあれば案内するけど? 行きたい所決まってる?」
勧誘を止めてくれたのは、背が高めでメガネをかけている人だ。腕章に大学自治会と書いてある。
「えっと、オカルト部があるって聞いたんですけど……」
「ああ、あそこね。変人揃ってるけど大丈夫? あと結構マジな所行ったりするサークルだから気を付けるんだよ、それじゃあ二名様ご案内ってね」
そう笑いながら言ってくれて、案内してくれるという。大学の敷地は地図が無くて困っていたので助かった。
歩き出してから、後ろから、オカルト部かぁ、あそこ個性強いからなぁ、などの声が聞こえてきて若干不安になってくる。
「大丈夫だよ、オカルト部の人はキャラ濃いから最初は引くかもしれないけど、良い人の集団だよ。偶に行動がおかしいだけで。頭良い人もいるから勉強わかんなかったら教えてくれると思うよ。ただ、オカルト関係の熱意が凄すぎて偶に自主休講してるだけで」
何となく、こちらが不安になる言葉を混ぜながら敷地内を移動して、サークル棟の前に着いた。
「自治会はね、大学と学生の意見を繋いだりする機関だったりするんだけど、意外とサークルへの注意とかもやっててね。部員全員の成績が悪いと事情を聴きに行かされたりすることもあるのさ」
サークル棟の中に入ると大勢の人が部屋の中に入ったり、プラカード持って立ってたりしている。
大学は私服のため制服が結構目立ち視線を集めてしまうけど、自治会の人が案内してくれているので、そこまで悪目立ちはしていないみたいだ。
階段を上って三階の一番奥の部屋の前に人が立っている。階段の方をしきりに気にしていて、開けてある扉を支えている。
部屋の中に何人も人がいるのか、数人の笑い声が聞こえてくる。
「おっ、お出迎えの人がいるみたいだぞ。じゃあ、俺の案内はここまで。あとはあそこに立ってるお兄さんに詳しい事聞いてな。なんか、嫌な事言われたり、されたりしたら、一階の出入り口に一番近い部屋が自治会室だからそこに駆け込んでくれよ」
案内をしてくれた自治会のお兄さんは、自治会室の場所を教えてくれた後、じゃあ、楽しいでと言って階段を下りていく。
ありがとうございました、と言うと手を振ってくれた。優しい人で助かったね、と言うと美羽は少し笑って頷いた。
部室の前で扉を開けて待ってくれていた人は私達の姿を見て、また当たりだと呟いた。その後、副部長の成田だと教えてくれた。
部室に入ると、本がミチミチに詰まった本棚が壁に沿っておいてあり、床には未開封の紙の束がいくつも置かれていた。
いっらっしゃい、とか、こんにちはと言った言葉が聞こえてくるなかで、床にコロコロをかけている女の人もいる。
「ごめんね、汚くて。片付け間に合わなかったのよ」
そう言いながら、私達が座る所にコロコロをかけてくれていた女の人が机を挟んで反対側に座る。
「では、改めまして、オカルト部部長の佐久間です。見学に来ていただいてありがとうございます」
会釈程度に頭を下げられたので、同じように頭を下げる。一つ、二つ上の人とは話したことがあるけど、大学生と話すのはやっぱり緊張するなぁ。
その様子を見ていたのは、部屋の中に居た男性の中で笑っている人もいる。
「叶ちゃん、お堅すぎるよ~相手の子達緊張しちゃってるよ~」
と近くで見ていた男性が声をかける。
「どうも、前任の部長の土屋です。ごめんね~、この子、今日部長初日だからガッチガチに緊張してんの、普段はもっと話しやすい子だから緊張解けるの待ってあげて~」
間延びする、のんびりとした声だ。何となく安心できるそうに感じるのが不思議だ。
「土屋先輩は軽薄すぎるんですよ、叶さん頑張ってくださいね」
「遠海、お前あとで覚えてろよ。タロットカードの順番まぜこぜにしてやる」
他の人も話始めて置いてけぼり感はあるものの、部長をフォローしたいんだろうなぁと伝わってくる。
隣の美羽が、その様子を見ながら、ふふと小さく笑った。
「なんだか、雰囲気良いね。安心できる」
「自治会の人も良い人の集まりだって言ってたね」
しばらく、部長を含め部員の人がわちゃわちゃしているのを眺める。これが普段の様子なのかなぁと思うと、見学に来て良かったって思う。
話にそこまで加わっていない人が、部室内になるクーラーボックスからペットボトルを二本取り出して、私達に渡してくれた。これを飲んでしばらく待ってて、ということだろうか?
騒がしいのがひと段落したのか、佐久間さんが咳払いをして、サークルの説明を始める。さっきの挨拶にあったような緊張感がなくなって、少しフワフワとした優しい感じたする。
「えーと、これで説明は全部かな? まぁ、基本的には危なくなる前に切り上げたりするから大丈夫だと思うけど、霊障が出た場合は、除霊なりなんなりの対処が必要になるので報告してください。これは絶対ね」
「あー、去年だっけ? 遠海くんだよね、連れていかれそうになったの。この手の活動してたらしょうがないちゃしょうがないけど、十分に気を付けてね。今年は俺、そんなに部室来れないし」
サークル活動におけるルールや一年間の活動について粗方の説明を受けた。肝試しがいかに危険かの説明が終わったら、なにやら不穏な言葉は聞こえてきた。
「あの、連れていかれそうになったって言うのは? 」
美羽が戸惑いながら質問してくれた。申し訳ないけど、もっとライトな感じで活動してると思ってた。
確かに、富士の樹海に言った活動報告書はネットで見たけど、なんやヤバそうな影に追いかけられて逃げたとか、首を吊ったと思われるロープが風も無いのにひとりでに揺れたとか、そんな報告なかった。
「ああ、遠海のアホウが廃校になった学校の中で占いやって精神引き込まれて、カッターで自分の腕切り出しちゃったの。事前に相手に干渉するようなことするなってあれほど言ったのに」
「反省してます。いやぁ、でも、自分の意思とは関係なく手が動くとかめちゃめちゃ怖いよ、手加減なして突き立ててくるから。叶さんにもご迷惑をおかけしました」
アハハと笑いながら、長袖の服に覆われている腕を撫でる。
「そんな事が今後は絶対ないとは言い切れないから、やるなと言われたことは絶対やらない、行くなと言われた所には絶対行かない、いいね。遠海くんの時には叶ちゃんも怪我してるから」
土屋さんから、重ねて言われて私達は全力で頷く、自分が怪我するならまだしも他人に怪我をさせる可能性もあるのだ。
別に私は良いんですけどね、と佐久間さんが言い、そういうことじゃないの、と土屋さんが返している。
雑談が始まりそうな感じに、成田さんが切り出す。五分位前からちらちらと時計を確認していたので、何か予定でもあるんだろうか?
「それじゃあ、新入部員恒例のあれ、そろそろ行きます? 」
「うーん、高校生だからやらなくても良いんじゃない? 帰る時間もあるし、遅くまで拘束したくないし」
「でも、今後のこともあるし、ある程度は確認しておかないと逆に危険だよ。合宿とかには俺も出るけど細々したものには参加できないし」
成田さんの発言に、佐久間さん、土屋さん、成田さんの三人が話し合いを始めた。何の話をしているのは私には分からなかったけど、どうやら私達に関係しているという事だけは分かる。
時間にしては二、三分。話し合いが終わったようで、佐久間さんが私達の方に向かい直った。
「お待たせしました、二人ともまだ時間ある? あればこれから新入部員恒例の肝試し行くんだけど。今日が難しそうだったら土日とか、家帰るのが夜の九時過ぎても大丈夫な日を決めて貰えたらなって思うんだけど、どうだろう?」
佐久間さんへの返答を少し考える。
確かに、中学の時に部活をやっていなければ遅いと思われる帰宅時間だ。でも、最初からここに行くことを決めていた私はお母さんに帰るのが十時位になるかもしれないという事は伝えてあったから大丈夫。だけど、美羽はどうだろう。中学の時は、毎日帰るのが九時過ぎてて、美羽の両親は良く思ってはいなかったと聞いていたけど。
「私は大丈夫なんですが、瑞葉は? お母さんは帰ってくるの遅いのに慣れてないでしょ」
「今日は遅くなるって伝えてあるから大丈夫だけど、美羽は伝えてあるの? 大丈夫? 」
「瑞葉と一緒になって動くから遅くなるかもしれないって言ってあるから大丈夫。瑞葉と一緒だったって言えば大抵どうにかなる」
美羽が大丈夫なのかを再確認して大丈夫だと分かった。遅くなりすぎたら、私が親経由で文句言われる奴な気がしてならないけど。
私達の会話を聴いて、大丈夫だと分かった成田さんは楽しそうに準備を始める。
「じゃあ、二人とも大丈夫そうだし、新入部員恒例肝試し行きますか! 帰りは、叶と俺で送るから安心して」
成田さんの号令で肝試しに出発した。
サークル棟を出て、直ぐの雑木林の中に進む。偶に人が通るのか踏み固められて道が出来ていた。
「この道は、俺達だけじゃなくてバードウォッチの奴らとか野草研究会とかも通るから道になったんだよね。でも、ここから先は俺らしか行かないから足元危なくなるから気を付けてね」
私の前を歩く土屋さんが足元や今どこら辺かの説明を加えてくれる。大分暗くなっているので遠いように感じるが実際はサークル棟とはそこまで離れていないらしい。
列を作って歩く。前から順番に、成田さん、土屋さん、私、美羽、佐久間さん、最後が遠海さんだ。成田さんと遠海さんが大きめのライトを担ぐようにして持っている。それ以外は手持ちの懐中電灯で自分の足元も照らしながら進む。
目的地まで、あと少しだよ、と成田さんが言う。後ろでは、佐久間さんと遠海さんがしゃべっている。
「叶さん、気分どうですか? 気持ち悪いとかありませんか? 」
「うん、大丈夫だけど。いつもとちょっと違う? 」
「分かりました。何かあれば教えてください。俺の占いも完璧ではないので、外れるかもしれませんから」
「大丈夫だって、ほんとにやばかったらちゃんと伝えるから」
今から行くところがどういった所なのかは分からないけど、恐らく、そこまで危険ではないようだ。
緩やかな坂道をずっと歩く。佐久間さんや先頭をあるく成田さんが私達の歩くペースを気にしてくれている。
そしては、私達は息を切らしていた。
「サークル棟から遠くないなんて嘘だ、絶対遠い」
「しゃべると余計きつくなるよ、足元見て歩こう、大丈夫足元見てればそのうち着く、大丈夫、大会前に比べたら余裕、大会前の徹夜作業に比べたらまし……」
「美羽が全然大丈夫じゃないよ、小学校の遠足以来だよ、こんな感じになってるの」
サークルの説明で頭が疲れている上に、歩きなれていない山道を歩く。他の人は息も切らしていないし、列の前と後の二人に至っては重たいライトを担いでいる。
それにしても何でこんなに息が切れるんだろう。美羽の方が息も切れているし、足が重そうに見える。
大丈夫かなと思いながら美羽の方をちらちらとみる。そんな中、息を一つも乱していない土屋さんが、そういえばさ、と話し出す。
「藤村さんって名前で呼ばれるのが良い? それとも苗字の方が良いの? 」
「えっ? あー、どちらでも大丈夫です。瑞葉と一緒に居ることが多いので名前の方が呼ばれ慣れているとは思います」
ゼイゼイと息が切れているなか、話しかけられて、直ぐに返事が出来なかったみたいだ。その様子を気にしていないのかそのまま話が進む。
「じゃあ、名前で呼ぶね。美羽ちゃんのお家って家系古かったりするの? 」
「えっと、父方の方が武家だったとは聞いています」
「へー、どんなことやってたとか聴いてたりする? 」
「えっと、詳しくは知らないんですけど、大抵は財政の管理をしていたみたいです。後は、何代かに一人位の頻度で陰陽道の道に進んだり、易で生計を立てた人もいたはずです」
「なるほどね。さて、到着だ。二人とも息苦しいとは体が痛いとは感じた時はすぐに言うんだよ」
私を挟んで行われた会話は目的地の到着によって終わった。なんで、土屋さんは「なるほどね」なんて言ったんだろう。目的地についたことでその話の続きを聴くことは出来なかった。
到着した場所は、草が生い茂っていても分かる、アスファルトで昔は道だったであろう場所と古い小さなトンネルだった。
成田さんと遠海さんは担いでいたライトを降ろし、トンネルの出入り口とその中を照らすようにした。
「さーてと、いつものトンネルには着いたけど、叶ちゃんはどう? 」
「どうって…… いつもよりザワザワします。どうしたんだろう」
「やっぱりかぁ、まぁ今回は優良株が二人同時に来たし元気になっちゃったかもねぇ」
「元気にって、土屋さん大丈夫なんですよね? 遠海、占いの結果ってどうだったけ? 」
「タロットでは正位置の力に、逆位置の恋人が興味深かったですね。今日は大丈夫だと思いますよ、今日の易占の結果は大変良好でしたので」
「そう、わかった」
全員で円になるように立つ。男性陣はどことなく楽しそうにしていて、佐久間さんはトンネル方をじっと見た後、こちらの方を向き直った。
「では、これから、毎年恒例の肝試しを開始します。ルールは簡単、ライトの明かりが届いている範囲でトンネルの中に入って貰います。ただし、不快に感じることがあったり、体調が悪くなったり、めちゃめちゃ怖くて一歩も動けない、なんてことがあればすぐに手を上げて。手も上げられない時はそのまま座り込んで。絶対に無理しない事。成田は新入部員の時に無理に前に進んでそのままぶっ倒れました、私が成田を引きづってトンネルの外に出しました」
最後に念押しされて、体調の確認を取られた。美羽も私も行きの息切れが嘘のように呼吸は落ち着いているし、疲労感も抜けている。
これから出発って時に、佐久間さんからの指示でライトの位置をずらされた。最初の位置よりもライトの感覚を開けて、入れる距離が短くなった。
「美羽、大丈夫? 」
「うん、不思議と呼吸も楽だし、変に疲れた感じもなくなったら大丈夫だよ。でも、まぁ、本当に肝試しをするとなるとやっぱり怖いね」
気を付けてね、と声をかけられてトンネルに一歩ずつ入る。普段は感じないような威圧感。ライトで明るくなっているはずなのに暗く感じる。奥に続く闇がぽっかりと口を開けているようで、怖いような恐ろしいような高揚感を感じる。怖い、けど楽しい。もっと奥に行きたい、そう感じ始めた私と対称的に一歩一歩を慎重に踏み出す美羽。
前に進むとひんやりとした空気で、どこか埃っぽい。そこまで奥に行けないからか、じめじめとした湿気を感じることもなかった。
私は行ける範囲の終わり近くまで来ていたけど、美羽の足音が聞こえなくて心配になり後ろを振り向くと、体を震わせて、断っている美羽がいた。
トンネルの出入り口近くでは先輩方が腕を組んだり、バインダーに何かを書き込みながら私達の動きを見ていた。
「美羽? 大丈夫? 」
手も上げないし、座りもしない美羽の様子が不安になり、引き戻る。明らかに先輩方に無理だと宣言しないとダメな状態なのに、それをしない美羽が心配だった。
美羽は顔をぎこちなく動かして、私の顔を見る。表情はこわばって小さく口が動いているが声は聞こえない。
何回か繰り返して、かろうじて、「……ない」と聞き取れた。
全身が震えて、変に汗をかいている。明らかに以上な様子だ。
「動けない」
ずっと繰り返していた言葉をようやっと聞き取れた。それは、普段じゃあ考えられない程、か細くて、弱々しい声だった。
「美羽、戻ろう。私が引っ張っていくから、力抜いてね」
そう言っている時、トンネルの奥を見たい、進みたいという要求がむくむくと湧いてくる。何かがある、行きたい。でも行ってはいけない。
美羽はきっと大丈夫だから、私だけでも奥に進んでも良いんじゃないかな? そんな考えが浮かんでは理性で打ち消す。
美羽の腕を肩にかけて少し体が持ち上がるようにして、出口に向かって歩く。美羽の震えが直に伝わって、その異常を再認識する。
トンネルの出口を踏み越えて外に出る。
「はい、お帰りなさい。ちゃんと戻って来れたね」
佐久間さんの声に安心したのか、肩に回していた美羽の腕が落ちて、膝から崩れ落ちるように座り込む。
直ぐに土屋さんが美羽に近寄って、もう大丈夫だと声をかけて背中を叩いている。土屋さんの腕にはいつの間にか数珠で出来たブレスレットが三つ付いていた。石と石とかぶつかり合って音を立てる。
美羽がとうとう泣き出して、怖かったと繰り返す。動けないって言っていたから、それは怖かったんだろうな。
そう思った時に、背中に寒気が走った。美羽が動けないのに、どうして、私は前に進めたのだろう。なんで、もっと奥に行こうと思ったんだろう。美羽を連れてトンネルから出ることよりもトンネルの奥に行く方が重要だと思ったのは何でだろう。
トンネル内での自分の考えと行動を思い出して、今になって怖くなる。異常だ。明らかに、私の考えていたことは異常だった。
「小林さんもお疲れ様」
美羽と土屋さんの様子を見ながら、トンネル内のことを考えていた私に、遠海さんが声をかけてくれた。意識が考えの方に行っていたのか、声を上げて驚いてしまった。声を上げてしまってから少し、恥ずかしくなる。それを誤魔化すように話す。
「あの、美羽は大丈夫なんですか? 様子が大分おかしかったんですけど、それに中で動けないって言ってて」
「うん、大丈夫、大丈夫。土屋先輩、本当に、見える、聞こえる、話せる、祓える人だから。あの様子だったら大丈夫だよ」
ちょっと近寄った位だったら土屋さんがさらっと祓うから、と特別なことは何もないかのように言う。
土屋さんが凄い人だと知らされて驚いた。呆然としないこともないけど、美羽も大丈夫そうだと聞いて、そこは安心する。
美羽の心配もなくなったので、一度深呼吸する。きっと、トンネルの中でオカルト好きと好奇心で奥に進みたくなっただけだと結論付けた。初めてのことで興奮したから変な考えになっていたんだと納得させようとする。
「小林さんさ、本当はもっと奥に行きたいと思ったんでしょ」
その一言で、また息を詰めることになったけれど。
「俺も覚えあるよぉ。明かりの届く端まで来てんのに、もっと奥に行きたくて仕方なくなるの。俺の場合はタロットの『月』が知らせてくれたから助かったよ、全部部室に置いてきたはずのタロットがポケットの中にじかに入ってて『月』だけが出てきたんだから」
「『月』の意味って? 」
「色々あるけど、おれはその時は『予期できない危険』って意味にとったよ」
君、あのまま進んでたら入部認められなかったから良かったね。と遠海さんは言い残して佐久間さんの元に戻って、ライトの片付けの指示を仰いている。
美羽の様子をもう一度みると、もう落ち着いたようでいつもの顔に戻っていた。近寄るとニカッと笑って、美羽ちゃんは復活ですよ、なんてふざけてみせた。
お疲れ様でした、と全員が揃って声を出す。トンネルから戻って部室に着いたら、成田さんから、もう少し時間貰っても大丈夫かと訊かれた。なんでも、これから反省会等があるらしい。
「まず、結果発表です。小林 瑞葉、藤村 美羽、両名ともに入部を認めます。今後もウチでの活動を楽しんでね」
「補足すると、毎年新入部員にやってるのは、その子達がどれ位霊感があって、どれくらい影響されやすいかを見るためなんだよね」
今年は例年よりトンネル自体の影響力が大きかったみたいだけど、と佐久間さんの発表に土屋さんの補足が入る。
「小林さんは、感じ取る系の霊感はほとんどないみたい。でも、影響はそこそこされてると思うから、霊障による要求や感情を理性でねじ伏せる感じの頑張りは必要ね。藤村さんは、もしかしたら霊感あるかもしれない。今回ではちょっと分からなかったけど、半分で動けなくなる人は大抵、霊感が強くなったりとなにかしらの影響が出るから、まぁ頑張れ」
佐久間さんのちょっと雑な説明に、美羽と二人揃って、はぁ、と気の抜けた返事しか出来なかった。
「ちゃんと、指示に従ってたらそうそう怪我もないし、死ぬことはないから安心して良いよ」
なんて、フォローの様で、フォローになっていないようなことを遠海さんが言ったり、連絡先交換しようか、なんて発言から電話番号やら通話系のアプリのアカウントを交換して、グループに入ったりと、トンネルの事を忘れてしまうような楽しい時間を過ごした。
帰りは途中まで家の方向が同じということで佐久間さんがギリギリまで一緒に帰ってくれた。
もし怒られたら、サークル代表として謝りに行くからね、と言い残して佐久間さんは私達とは別の方向に向かっていく。
今日は、本当に色々あって怖かったけど、楽しかった。これから、日常の延長線上の非日常が、日常になっていくのかもしれないと思うと、高校生活以上に楽しみになった。
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